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見習いほたるの初仕事
見習いほたるの初仕事
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差し出された名刺を大人のように受け取った優太君が、首を傾げた。
「むしコンシェルジュ?」
「さようでございます」
知的執事のごとく上品に微笑む向尸井さん。ほたるは慌てて優太君の背後に回り囁いた。
「優太君、この人の名前、向井、じゃなくて、『む・し・か・い、おさむ』ね。むかいって間違えると、すっごく怒るから気を付けて」
「おや、お客様の背後に寄生しているのは、うちの見習いアルバイトではありませんか。そんなところにぼさっと立ってないで、お客様にお茶をお入れしてくださいね」
微笑む向尸井さんの目は、南極の氷のように冷たい。しかも瞳孔が開いている。
(これ、逆らったらマズいやつだ)
「お、お茶ですね! お茶お茶~」
店の脇にトートバッグを置きながら(お茶って確か、甘茶のことだよね)と、考える。
砂糖が入ってないのにトロリと甘くて、ちょっと薬っぽさもある、地元の虫酔いシロップに似た、美味しい飲み物。
ほたるが客として訪れた時、向尸井さんが出してくれて、美味しすぎて一気飲みしたあれだ。
(美味しかったなぁ。あたしもまた飲みたーい)
「ほたるちゃん、僕がお茶の淹れ方を教えてあげるよ」
アキアカネさんが店の奥の「関係者専用通路」と書かれた扉の前で「こっち」と手招きしている。
「あ、はい」
いそいそ向かうほたるの背中で「No.252-13-Tの茶葉で、黒鉄器の3号」と、向尸井さんが手早く告げた。
「了解」と、頷くアキアカネさん。
なに、この謎めいた掛け合い。
「ほたるちゃんが行くなら、僕も~♪」
「おや、オオミズアオ君は、文字も読めないのかい? この先は関係者専用通路だよ。部外者は壁際の椅子で大人しく座るか、さもなくば出ていってくれないか。仕事の邪魔だからね」
「むきー! アホメガネめー。僕のほたるちゃんに手を出したらただじゃおかないんだからぁ」
「手を出す、手を出す。ああ、手を出すというのは、もしかして、こういうことかい?」
ほわん、と、稲わらの匂いがして、アキアカネさんが、ほたるの背中にそっと手を添えた。
「え?? アキアカネさん?」
ドキドキなほたるを夕焼け色の瞳でじっと覗き込むアキアカネさん。近すぎて顔がぼっと燃える。
「さ、ほたるちゃん。こちらへどうぞ」
もう片方の手で「関係者専用通路」の扉を開けたアキアカネさんが「エスコートだよ」と、にっこり微笑んだ。
(な、なーんだ。あたしてっきり)
てっきり、何を期待したんだろう。ぼぼんっと、ほたるの顔が更に燃えた。
「さあ、行こうか。見習いアルバイトとしての初仕事だね」
「は、はい」
秋の夕焼け空みたいに優しいアキアカネさんの体温が、背中に添えた手からほわんと伝わってくる。
胸のドキドキに(ストップ!!)と、命令し、ほたるはしゃきっと身を正して、扉の中へ足を踏み入れた。
(むし屋での初仕事! お茶くみみたいなもんだけど頑張るぞー!!)
キィーっと後ろで重たそうに扉が閉まっていく音を聞きながら、ほたるは自分の両頬をぱしんと叩いて気合を入れた。
ドアが閉まる直前、ほたるをエスコートするアキアカネさんが、素早く碧ちゃんを振り返って、ニタリと悪魔のように笑ったのだが、もちろん、ほたるは気づかなかった。
「むしコンシェルジュ?」
「さようでございます」
知的執事のごとく上品に微笑む向尸井さん。ほたるは慌てて優太君の背後に回り囁いた。
「優太君、この人の名前、向井、じゃなくて、『む・し・か・い、おさむ』ね。むかいって間違えると、すっごく怒るから気を付けて」
「おや、お客様の背後に寄生しているのは、うちの見習いアルバイトではありませんか。そんなところにぼさっと立ってないで、お客様にお茶をお入れしてくださいね」
微笑む向尸井さんの目は、南極の氷のように冷たい。しかも瞳孔が開いている。
(これ、逆らったらマズいやつだ)
「お、お茶ですね! お茶お茶~」
店の脇にトートバッグを置きながら(お茶って確か、甘茶のことだよね)と、考える。
砂糖が入ってないのにトロリと甘くて、ちょっと薬っぽさもある、地元の虫酔いシロップに似た、美味しい飲み物。
ほたるが客として訪れた時、向尸井さんが出してくれて、美味しすぎて一気飲みしたあれだ。
(美味しかったなぁ。あたしもまた飲みたーい)
「ほたるちゃん、僕がお茶の淹れ方を教えてあげるよ」
アキアカネさんが店の奥の「関係者専用通路」と書かれた扉の前で「こっち」と手招きしている。
「あ、はい」
いそいそ向かうほたるの背中で「No.252-13-Tの茶葉で、黒鉄器の3号」と、向尸井さんが手早く告げた。
「了解」と、頷くアキアカネさん。
なに、この謎めいた掛け合い。
「ほたるちゃんが行くなら、僕も~♪」
「おや、オオミズアオ君は、文字も読めないのかい? この先は関係者専用通路だよ。部外者は壁際の椅子で大人しく座るか、さもなくば出ていってくれないか。仕事の邪魔だからね」
「むきー! アホメガネめー。僕のほたるちゃんに手を出したらただじゃおかないんだからぁ」
「手を出す、手を出す。ああ、手を出すというのは、もしかして、こういうことかい?」
ほわん、と、稲わらの匂いがして、アキアカネさんが、ほたるの背中にそっと手を添えた。
「え?? アキアカネさん?」
ドキドキなほたるを夕焼け色の瞳でじっと覗き込むアキアカネさん。近すぎて顔がぼっと燃える。
「さ、ほたるちゃん。こちらへどうぞ」
もう片方の手で「関係者専用通路」の扉を開けたアキアカネさんが「エスコートだよ」と、にっこり微笑んだ。
(な、なーんだ。あたしてっきり)
てっきり、何を期待したんだろう。ぼぼんっと、ほたるの顔が更に燃えた。
「さあ、行こうか。見習いアルバイトとしての初仕事だね」
「は、はい」
秋の夕焼け空みたいに優しいアキアカネさんの体温が、背中に添えた手からほわんと伝わってくる。
胸のドキドキに(ストップ!!)と、命令し、ほたるはしゃきっと身を正して、扉の中へ足を踏み入れた。
(むし屋での初仕事! お茶くみみたいなもんだけど頑張るぞー!!)
キィーっと後ろで重たそうに扉が閉まっていく音を聞きながら、ほたるは自分の両頬をぱしんと叩いて気合を入れた。
ドアが閉まる直前、ほたるをエスコートするアキアカネさんが、素早く碧ちゃんを振り返って、ニタリと悪魔のように笑ったのだが、もちろん、ほたるは気づかなかった。
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