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夜のむし屋

夜のむし屋

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 錆色の煤竹で囲われた和モダンなお店。
 高級料亭を思わせるようなしっくりと落ち着いた佇まい。
 チョコレート色のモダンドア。
 掲げられた看板には『人』の文字が入った『虫』の漢字で、むし屋と書かれていた。

 辺りはひっそりと夜の帳が降りている。
 神明神社の夏の蒸した夜とは違い、ほんのり秋を漂わせた涼しい夜だ。
 しとしとと、線のような小雨が降り注いでいる。
 読書が似合う、しっとり落ち着いた夜。
 そのせいで、むし屋の外観も、いつもよりひっそりして見えた。

「虫の中に人が二つ……ダメほたるとオオミズアオが言ってたむしだ」
 水黄緑の君に包まったまま優太君が顎をつんと上げて、看板を仰いだ。
「あたし、むし屋に来れた……」
 ほたるは、感動に身体を震わせていた。

「むし屋に来れたー!! 水黄緑の君、ありがとう~」
「え、なになにぃ? よくわかんないけど、僕、ほたるちゃんに感謝されてるー? くるしゅーない、くるしゅーない」
 ぎゅっと水黄緑の君の腕に力がこもって「ぐぇ」とほたるは潰れたカエルのような悲鳴を上げた。

「ぐ、ぐるじーです」
「あっはっは。くるしゅーないにかけてるのー? ほたるちゃんってば面白ーい」

「い、いや、本当にくるしー」
「うぉりゃ」
 すぽん、と、優太君が水黄緑の君から脱出。わくわくと目を輝かせてむし屋を仰ぎ見ている。

「なんか不思議な雰囲気の店だなー。怪しいオーラ全開? あやかしが出てくる物語みたいだぜ! なあなあ、早く入ろうぜ」
 優太君がほたると水黄緑の君の腕を引っ張って急かしてくる。

「ほんっと人間の子どもは騒がしいなー。食われても知らないよー」
「え? 食われることが、あるのか?」
 ドキリと優太君が水黄緑の君を見た。

「さあ、どーだろねー」
 水黄緑の君がニヤッと笑う。
(優太君をおちょくって楽しんでる)
 やっぱり中身は碧ちゃんだな、と、ほたるは苦笑する。

 ちょっぴり怖気づいた優太君を通り過ぎ、水黄緑の君は、衣擦れの音をさせながら、ずかずかチョコレート色の自動ドアへと進んで行った。

「むし屋、いるー?」
 まるで知り合いの家に上がり込むみたいに、躊躇も気兼ねもなく、自動ドアをガーとくぐっていく。

「あ、おい、待てよ!! ずりぃぞ!」
 慌てて追いかける優太君に「べぇ~だ」と、水黄緑の君が子供みたいに舌を出した。
 ガー、ガー。と、自動ドアが、二人を吸い込んで閉まる。
 はっと、ほたるは我に返った。
(また、置いてかれた)

「ちょっと、二人とも待ってよ~」
 慌ててほたるも自動ドアに走る。

「ん?」
 ドアに、なにか、張り紙が貼られていた。
 けれど、読む前に、ガーと開いて見えなくなった。

「ま、いっか」

 ほたるは、「こんにちはー」と、二人に続いてドアを潜り抜けたのだった。
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