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神明三家の昔ばなし

生業鞍替えのむし

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「むし屋~~~??」
 ほたるの声に、優太君がビクッと飛び上がった。

「……(び)っくりしたぁ。いきなり大声出すなよ」
「あ、ごめんごめん。つい」
 唐突に始まった碧ちゃんの神明三家の昔ばなしを聞いていたら、話の中に、むし屋が出てきたのだ。そりゃ、声もあげてしまう。

 ほたるを見つめ、口元に小さく笑みを浮かべた碧ちゃんが「続けるよー」と、再び、語り部となる。
 
「ええと、どっからだっけー。あ、そうだった。うほん。わたくしは、むし屋にございます」

 神明三家の当主たちは、お互いに顔を見合わせた。
「むし屋。聞いたことがあるわい。確か、からだの内に住まう『むし』で金貸しをする質屋とか」
「おっしゃる通りにございます。金貸しの他にもわたくしどもは、むしに関することならば、いかようなことも承っております。たとえば」

 妖艶な笑みを張り付かせた男は緋色の鈴懸(すずかけ)の中から、三寸ほどの大きさのコロリとした鈴のようなものを取り出して、神明三家の当主たちの前に掲げた。

「なんじゃ、ただの蝶の蛹の抜け殻じゃないか」
「しかし、蝶の蛹にしては、随分と大きいのう」
「それに、割れ目が見当たらん。この抜け殻、どこも欠けておらなんだ」
「玻璃(はり)細工じゃあないのか」

「碧ちゃん、玻璃って?」
 ああ、もう~、と、前のめりで聞き入っていた優太君が口を尖らせた。

「玻璃は水晶とかガラスの古い言い方!! 話の腰を折るなって」
「ごめんごめん。続けてください」
 どうぞ、と両手を差し伸べ、ほたるは続きを促した。

 むし屋の白い手に乗っているのは、揚羽蝶の蛹の三倍はあろうかという大きさの、薄く透明な抜け殻で、ところどころに黒い斑点模様がついておった。

「これは、オオコトダマの蛹の入れ物にございます」
「オオコトダマの蛹の入れ物? なんじゃそりゃあ」
 意味が分からんと神明三家の当主たちが口々に言う。
 むし屋は妖しく微笑み説明を続けた。

「神明三家のご当主のお方々には、先祖代々より受け継いだ土地むしが宿っておいででございましょう。土地むしは、土地を豊かにするむし。いわば農耕のむしでございます。同じように、ここらで財を成している商人たちには、商いのむしがついておいでなのです。こちらは、商売繁盛のむしとでも申しましょうか」
「なるほどのぅ。儲かる商人には、商いむしがついとるのか」
 神明三家の当主たちは、お互いに顔を見合わせ、頷き合った。

「むし屋とやら、我らに商いむしを売ってはもらえんか。金はある」
「そうじゃそうじゃ、礼は弾むぞ」
「残念ながら、土地むしも商いむしも、世襲目のむしでございますれば、代々、宿った家の主から次の主へと受け継がれる類のむしなのでございます。世襲目のむしは、一度主を決めると、その血縁者以外の体内では生きられぬさだめなのでございます」

「つまり、わしらは、商いむしを飼えんということか」
 当主たちががっかりしていると「そこで、このオオコトダマの蛹の入れ物なのでございますよ」と、むし屋が微笑んだ。

「オオコトダマの蛹の入れ物は、生業鞍替えのむしなのでございます」
「生業鞍替えのむし?」

「さようにございます。端的に申せば、土地むしを別の生業むしに変えることができるむしなのです」
「それはつまり、われらが受け継いだ土地むしを、商いむしに変えることができるということじゃろか」

「おっしゃるとおりでございます。実はちょうど三匹ほど、オオコトダマの蛹の入れ物が余っておりまして、貴重なむしなのですが、残念ながら三匹のむしの寿命があとわずかなのでございます。これらのむしを使わず寿命を迎えさせるのは、むし屋として忍びないことです。もし、欲しいとおっしゃるお方がおられれば、半値でお売りしようと思っているところなのです」

「なんと! 地獄に仏とはこのことじゃ。われらはちょうど、農耕から、別の商売に鞍替えできぬものかと話おうておったところなのじゃ。のう」
「そうじゃそうじゃ」
 目の色を変えた神明三家に、紅をひいた目元を細め、むし屋が妖艶に笑った。

「それは、それは、こちらとしても渡りに船。生業鞍替えのむしならば、行商でも、呉服屋でも、医者でも、なんでもお好きな商売に変えられますよ」
「なに、お匙にもなれるのか」
「もちろんにございます。ですが」と、むし屋は困り顔で続けた。

「先程も申しました通り、いかんせん、むしたちの寿命が差し迫っております。生業鞍替えのむしを使うには、それ相応の準備と、儀式が必要でございます。一刻を争うゆえ、今、ここでお買い上げになるかどうか、お決めくださいませ」
「買う! 買うに決まっとる! 他が買わんでもわしは買うぞ」
「わしもじゃ。こげな絶好の機会を逃すなど、大馬鹿者のすることじゃ」
「わしだって買うぞ!」

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