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二度目のチャイム

神明三家のむし祠

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「碧ちゃん、それって、もしかして、この漢字のむしのこと?」
 ほたるは近くの小石を拾って、境内の地面に、虫の中の空白に人をいれた文字を書く。

「ピンポーン。さっすが、ほたるちゃんは僕の見込んだ人間だねー」
 ぎゅっと、碧ちゃんがほたるに抱き着く。
 また、ふわっと白いストールから、甘い匂いが漂い、慌ててほたるは鼻をつまんだ。

「……ほたるちゃん、何してるの?」
「ぢょっど(ちょっと)ね。あはは」

「つか、これって、創作漢字じゃねえの?」
 優太君が太い眉毛をしかめている。

「まさか最近の人間は、この漢字知らないの~」
 聞かれた碧ちゃんが大きな黒目を真ん丸にする。

「さっきダメほたるにも言ったけど、どの辞書にもついてねーぜ。こんな漢字」
 碧ちゃんがやれやれーとため息を吐いた。

「昔の人間は、むしのこと、ちゃーんと理解してたし、そこそこうまく付き合っていたのにな~。科学の発展とやらで、虫もいないような自然から離れた環境に身を置いて生活するからこういうことになるんだぞー。てゆーかぁ、神明三家の血族はタソガレドキの神明山に入るべからずって、君は教わらなかったの~?」

 碧ちゃんに問いかけられて、優太君はちょっと考えてから「ああ」と頷く。

「神明三家の子供は夕暮れ時に神明山に入ったら鬼に食われるとかいうやつ? ザマスさま、あ、オレの祖母に、そうやって脅されたけどさ。そんなこと言われると逆に興味湧くっつーか、行ってみたくなるじゃん。フツー」
「優太君、それはフツーじゃない気がする」
(あたしだったら、絶対行かないけど)

「君のおばあさんは、神明三家の子どもが、何故、タソガレ時に神明山に入ったらいけないのか、詳しい理由を教えてくれなかったのー?」
 ぜんぜん、と、首を振る優太君。

「鬼に食われるからってしか言われてないよ。でも、近所の大人は、犬連れて夕方にフツーに神明山入っていくし、子供だましだと思ってたんだよな」
「なるほどねー」
 碧ちゃんがふうっと息を吐く。

「神明三家の血族はタソガレドキの神明山に入るべからずが、鬼に食われるになっちゃって、理由も受け継がれなくなったってわけかー」

「あのさ、オレがこの前、夕方にこの山に入った時に見つけた古い祠って、一体何なの? 最近の異変は、あの祠にぶら下がってたオオゴマダラ、じゃなかった、オオコトダマ?の、蛹を取ったせいなんだろ? だから、オレ、あの蛹の抜け殻返さなきゃって、学校さぼってずっと山の中で祠を探してたんだ。でも、見つからなくてさ。んで、疲れて休んでたら、ダメほたるたちに会ったんだよ」

「まさか優太君、学校さぼって一日中山の中にいたの?」
「まあねー」

「そりゃ、見つかるはずないさー」と、碧ちゃんが呆れる。

「君が見つけた小さな祠は、神明三家がオオコトダマの蛹を祀るために作ったむし祠なんだから。あれは、タソガレ時、人気(ひとけ)のない神明山に、神明三家の血族の人間が足を踏み入れた時にのみ現れると言われてる祠なのー。タソガレ時以外の時間や他の誰かが神明山にいる場合には、祠は決して現れない。むし祠のように、人の体内に宿るむしに関連する祠や神社は、通常の人間世界とは違う場所にあって、人間世界と繋がるには、それぞれ条件があるんだよー」

「じゃあ、祠が現れなかったのは、あたしと碧ちゃんが神明山にいたからってこと?」
「それもあるかな」と碧ちゃんは言って、きらりとまた、大きな黒目を光らせた。
「でもまあ、もし、君が再び古い祠を見つけていたら、今よりもっと事態は悪化していたかもしれないけどねー」

「そうなのか?」
 ごくり、と、優太君がつばを飲み込む。

 優太君の反応に、にやり、と碧ちゃんが満足そうに笑って「ま、憶測だけどねー。てことでー、聞きたい?」と優太君とほたるを見た。

「何をだよ」
「神明三家にまつわる、昔ば・な・し」
 碧ちゃんが優太君の肩をぽんっと叩いてニヒヒと笑った。

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