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二度目のチャイム

蝶御殿の神主

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 すっかり忘れていたけれど、彼氏のいないほたるを心配した友達が、恋愛詣でを企画してくれたことがあった。

(懐かしいな~)
 寒風吹きすさぶ中、身を縮こませながら、恋愛関連の神社をいくつかはしごして、最後は一時間に一本しか出ないバスまで乗り継いで、ちょっと地味目な神社に向かったっけ。

 その神社は、菅原道真公を祀っていて、学力アップや仕事運アップの神社なのだけれど、暖かい季節になると、沢山の蝶が境内を舞い、別名『蝶御殿』と呼ばれていて、恋愛運アップと美のご利益があると密かに話題の神社なんだよと、SNS大好きな友達が教えてくれた。

 バスに揺られている最中、ほたるはトイレに行きたくなって、神社にトイレがあるのかどうか怪しかったので、みんなに先に行ってもらい、バス停からちょっと離れた場所のコンビニに向かった。

 その後、みんなからだいぶ遅れて神社に辿り着いたら「超イケメンの神主がいた」と、友達がきゃーきゃーはしゃいでいたのだ。
 緑の着物を着た神主さんで、にっこり微笑みながら、授与所に入っていったという。

「まだいるかもしれないし、お守り買ってきなよ!」
 強引にみんなに促されて、ほたるは、閑散とした小さな授与所に向かった。
 学力アップのお守りでも買おうと思いながら。

(友達には話してなかったけど、あの頃は、篤のことを引きずってて恋愛に興味なかったんだよね)

 そこで、ほたるは、とあるお守りに惹きつけられた。
 それは、真っ黒の巾着袋に水色のような黄緑色のような色の蝶の刺繍が施されたちょっと小さめのお守りで、極小の可愛らしい鈴が巾着の紐についていた。

 何のお守りかな、と、巾着袋を裏返してみたけれど、厄除けや交通安全みたいなご利益は書かれていなくて、細く開いた授与所の小窓をコツコツ叩いて聞いてみることにしたのだ。

「すみません、これって、何のお守りですか?」
 他のお守りには、厄除け、恋愛、交通安全、などの刺繍が入っていたり、お守りの前にご利益が書いてあったりするのに、どうしてこれだけ何も書いていないのだろうと、不思議だった。
 それに、ぽつんと1つしかなかった。

「へぇ~、君、それ見えたんだねー」
 声優さんのように綺麗なお兄さんの声が、ほたるに話しかけてきた。

「見えた?」
「なんでもなーい。それより、君のそれ、すっごく綺麗だねー」

(神主さんにしては、ちょっとチャラい人だな)

 そのチャラい感じの、声から推測するに若いお兄さんが、受け取り口から指を出してほたるの胸元を指し示している。

「あ、これはフローライトのネックレスで」
「ふうん。ま、いいやー。このお守りはねー。出会い系?」

「で、出会い系ですか?」
「そっ、君にあげるよー」

「はい? あ、大丈夫です」
(出会い系ならいらないし)

「ほたるー、バスもう来そう~! 急いでー」
 ほたるは、ハッとして、みんなの方を振り返った。バスは一時間に一本しか来ない。バスを逃したら友達に迷惑がかかる。

「ほらほらぁ、友達呼んでる~」
 小窓から白い手だけ出したお兄さんが「はい」と、ほたるの手にお守りを握らせ「神社でのご厚意はありがたく受け取るもんだよー」と言った。

 確かに、正月早々、神社で人の厚意を無下にしたらバチが当たるかも。
 それに、出会い系のご利益はともかく、このお守りは、やっぱり欲しいような気がする。

「あの、ありがとうございます!」
 ほたるはペコリとお辞儀をして、みんなの元へ走った。

 後ろから「また会おうねー。蜻蛉の子孫ちゃんっ」と弾んだお兄さんの声が追いかけてきて「え?」と、思わず振り返りかけたけれど「ほたる、もうバス到着してるよー。待ってもらってるからマジ急いで!」と、友達が叫びながら手招きしていて、慌ててバス停へ向かって全力疾走したのだった。

 あのお守りは、今もペンケースのチャックの部分に括り付けている。今やくすんでしまったあのお守りも、そういえば水黄緑だ。

(あのお兄さんの声と、ちょっと似てるのかも)
 ほたるは、御簾の先にいる水黄緑色の狩衣の人を見つめ、うーん、と首を捻った。
 でも、あの声を聞いたのは、もっと最近のことのような気がするんだけど。

「あった」
 優太君が、透明な抜け殻をそおっと手のひらに乗せた。金色ではないけれど、黒い斑点模様がついている。

「それって、オオゴマダラって蝶の蛹?」
「うん。正確には、蛹の抜け殻。金色が抜けて、ただの透明になってるだろ? 中身が羽化するとこういう色になるんだ」
「へえ~」
 ほたるは優太君の手のひらの抜け殻を覗き込み、あれ、と思う。

「これ、抜け殻なのに割れ目がなくない? どこから羽化したんだろ」
「そうなんだよな。それにオオゴマダラの蛹にしては大きすぎる。オレも不思議に思ってたんだけど……今はっきりした」
 優太君は、手のひらの抜け殻を見つめた。

「たぶん、これは、普通のオオゴマダラじゃないんだと思う」
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