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神明神社

むし屋のむしの漢字

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「あ、そうだ。なら、この『むし』も知ってる?」

 はた、と思いついて、ほたるは優太君から細い枝を借りて、『虫』の、『中』の二つの空白の部分に人の文字が入った『むし』の漢字を書いていく。
 むし屋の看板に書かれている『むし』の漢字だ。  

「これ、こういう字。これも『むし』って読むんだけど、意味とかわかったりする?」

 ほたるの丸い癖字をじぃっと眺めた後、優太君は腕を組んでしばし考えこんだ。
 つり目の中の瞳が微妙に上の方を向いている。頭の中にある辞書でも引いているのだろうか。

「つか、そんな字ないよ」
 確信を持って、優太君が断言した。

「オレの持ってる漢和辞典にも、漢字辞典にも、国語辞典にも、広辞苑にも、旧常用漢字辞典にも、古語辞典にも、旧字体辞典にも乗ってなかったと思う」
「……優太君、そんなに辞典持ってるんですか?」

 てゆーか、広辞苑とか、一般家庭にあるものだっけ?

「たぶん、創作漢字じゃね? どこで見たの?」
「えっと……むしを扱う専門のお店、みたいなところかな」

「ふうん。海外の昆虫とか売ってるとこ? 外国産のカブクワとか、マダガスカルゴキブリとか、メキシカンレッドニーとか、ペットで人気の昆虫を高値で売ってる店?」

「え? ゴキブリって、ペットで人気なの? うちのお母さん、新聞紙丸めてバンバン叩いちゃってるけど、あれ、高いの?」

「それはチャバネゴキブリかクロゴキブリだろ? マダガスカルゴキブリはもっとでっかくて、ダンゴムシに似た形してんだ。硬くて、撫でがいもあるし、機嫌悪いと威嚇してシューシュー鳴いたりもするんだぜ」

「なるほどー」
 ちょっと言ってる意味がわからないので、流しておこう。

「とりま、そういう海外の虫を取り扱うような店って、違法に輸入してるヤバい店も多いからさ。気を付けた方がいいぜ」

(向尸井さんがいたら「違いますね」とか、食い気味に否定されそう)

 そんでもって、めっちゃ睨まれそう。冷血に。
 ふと、氷のような瞳で刺された気がして、ほたるはアハハ、と笑った。

「そ、そっかー、気を付けるよ。そっかそっか、創作漢字かー」

 笑ってごまかしながら、どうやらあの漢字は、体内に宿る「むし」を取り扱う店独自のものらしいなぁ。と、ほたるは心の中で思っていた。
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