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神明山の遊歩道

謎めく碧ちゃん

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(あの時は、むし屋行きたいなーって、心に願ったら蜻蛉神社が現れたはずなんだけど)

 蜻蛉神社が現れたら、まずは、参拝して、お社の太い柱に貼られた和歌『アキツハノスガタノクニニアトタルルカミノマモリヤワガキミノタメ』をそれっぽく詠うと、どこかから、ナミハンミョウという七色の虫が飛んできて、ほたるをむし屋に導いてくれた。

 ところが、見習いアルバイトとして働くために、あれから何度か(むし屋に行きたい)と願ったが、全く蜻蛉神社が現れないのだ。
 もしや向尸井さんが特殊な結界を張って、ほたるをシャットアウトしたんじゃ……とも考えたが、それなら、最初から見習いアルバイトとして採用しなければいいし、あの人は性格悪いけど、そういう卑怯なことはしない気がする。たぶん。おそらく。……信じてるよ、向尸井さん。

 ってことで、願いかたが違うのかもしれないと考えたほたるは、心で願う際の言い方を変えてみたりもした。

 むし屋に行きたいなー。
 むし屋に行きたいです。
 むし屋、行ってみよっかなー。
 何卒、むし屋へ行かせてください。
 むし屋でございます。
 むし屋にござる。
 むし屋のおな~り~……まで考えて、恥ずかしくなってやめたのは、ついさっきのこと。

 つまり、ダニーの実践英語Ⅰで、寝落ちするちょっと前のことである。


(次は声に出して願ってみよっかな)
 誰もいないところで。 

「ほたるちゃんは人間のメスなのに、虫平気そうだねー」

 上機嫌に隣を歩く碧ちゃんに話しかけられて、そうだった、今は麗しの碧ちゃんと一緒に帰るという幸せの最中だった、と、ほたるは我に返る。
 せっかくの幸せなひととき。
 むし屋のことは、ひとまず、ムシムシ。
 てゆーか、人間のメスって、碧ちゃんはおかしな言い方するな。

「あたしの実家、蜻蛉町っていうど田舎にあるんだけどね、近所に草むらとか田んぼとかいっぱいあって、虫いるのが普通だったから、あんま抵抗ないのかも。実家もかなり古い木造の家で、天気のいい日とか、窓も扉も開けっ放しだったから、ちっちゃい虫入り放題だったし。うちのお母さんなんか、ゴキブリ見て『もうそんな季節か』って夏を感じるツワモノだからね」

 その辺の虫なら全然平気。
 女子の中では、得意な方と言っても過言ではないと思う。
 まあ、ナミハンミョウみたいな、マニアックな虫はわからないけれど。

 そういえば、向尸井さんから「ここで働く気があるなら、もっと昆虫について勉強してこい」と、強引に貸し出された昆虫図鑑には、見たこともない虫がたくさんついてて、しかも、結構グロい見た目の昆虫も多くて、さすがに「げっ」となった。

 そして、コオイムシという、背中に卵をびっしり乗っけた虫の写真がばっと目に入ってきたとき、ほたるは、パタンと図鑑を閉じ、本棚へ封印したのだった。

「ゴキブリで季節を感じるのー? ほたるちゃんのお母さん、かっわいいー」
 ころころと碧ちゃんが笑う。

「そこは全力で否定。てゆーか、この遊歩道って地元民の散歩道なんだよね。もしかして、碧ちゃんはこの辺が地元? てゆーか、ハイツの近くに家があったりする?」

 碧ちゃんは、ほたるの住んでいるハイツを知っているみたいだし、こうして、ハイツ方面に繋がる地元民の散歩コースの遊歩道も知っている。
 つまり、ご近所さんってことなんじゃないだろうか。と、名探偵気取りに推測する。

 あそこは、昔ながらの大きな家も結構あったりするし、碧ちゃんは、そういう大きな家の、いいところのお嬢様なんじゃないだろうか。きっとそうだ。そうに違いない。

「まあ、そんなとこかな」
 大きな黒目を細めて意味深に微笑む碧ちゃん。

 森は深いオレンジ色に染まり、五時を知らせるチャイムが遠くから聞こえている。
 風景に溶け込むように、ちょっぴり謎を含んで笑う碧ちゃんが、げに麗しきかな。
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