54 / 69
むし屋
羽化
しおりを挟む
「昆虫の変態をざっくり分けると、シミやイシノミのように幼体から成体までほとんど姿の変わらない無変態、セミやトンボのように卵→幼虫→成虫と変化する不完全変態、そして蝶や甲虫のように卵→幼虫→蛹→成虫と変化する完全変態の三パターンがあります。人間に宿るむしの分類もこれに似ていますが、昆虫にはない亜完全変態という分類があり、喪失目のむしはこの亜完全変態に当たります。亜完全変態は完全変態同様、蛹の形態を経て成虫になりますが、蛹の間に晒された感情により成虫の形態が異なるのです。喪失目の成虫は昆虫の蝶や蛾に姿が似ています。中には毒の鱗粉を振りまく厄介なむしもいます」
向尸井は、ほたるの前にピンセットを掲げてみせた。
「……ふるふるしてる」
親指ほどの大きさの蛹は赤黒くトゲトゲしていて、ほたるの父やおじいちゃんが酒の肴に摘むナマコに似ていた。
向尸井が人差し指でちょんと蛹の突起に触れると、ビクビクビクっと蛹は全身を細かく震わせる。
「い、生きてる」
「むしですので。この子は羽化直前ですね。この色からして、毒むしになるかどうか微妙な線ですねぇ。万が一、毒を持ったまま体内で羽化したら恐ろしいことになっていたかもしれません」
「恐ろしいこと……」
ごくり、とほたるは唾を飲んだ。
「ここで羽化させましょう」
向尸井は、赤黒い蛹を年輪テーブルの中央にそっと置いた。
(こんなのが身体の中にいたなんて)
ぶるっと、鳥肌が立った。
「強い光は羽化の妨げになるため、照明を落とします。羽化の時間は、ほんのひとときです。くれぐれもお忘れなきよう」
向尸井の声と共に天井の照明が消えた。すると大理石の床から淡くやわらかな光がぽわんと漏れ始める。
向尸井は、銀製の霧吹きを蛹の上からシュッと吹いた。中から飛び出した金色の粒子が赤黒い蛹に降りかかると、蛹が閃光のように激しく眩く輝きだした。
(ま、眩しい)
ほたるは思わず目をつぶった。その時「よ」と、聞き覚えのある声がした。
「え」
細目を開くと、白い人影のようなものが見える。
「ほたる、だよな?」
まさか、とほたるは信じられなかった。そんな、まさか。
白い空間の中、白かった人影に、徐々に色が現れる。
まさか。でも。
「篤……」
それは、あの日、図書館で見たままの、篤の姿だった。
向尸井は、ほたるの前にピンセットを掲げてみせた。
「……ふるふるしてる」
親指ほどの大きさの蛹は赤黒くトゲトゲしていて、ほたるの父やおじいちゃんが酒の肴に摘むナマコに似ていた。
向尸井が人差し指でちょんと蛹の突起に触れると、ビクビクビクっと蛹は全身を細かく震わせる。
「い、生きてる」
「むしですので。この子は羽化直前ですね。この色からして、毒むしになるかどうか微妙な線ですねぇ。万が一、毒を持ったまま体内で羽化したら恐ろしいことになっていたかもしれません」
「恐ろしいこと……」
ごくり、とほたるは唾を飲んだ。
「ここで羽化させましょう」
向尸井は、赤黒い蛹を年輪テーブルの中央にそっと置いた。
(こんなのが身体の中にいたなんて)
ぶるっと、鳥肌が立った。
「強い光は羽化の妨げになるため、照明を落とします。羽化の時間は、ほんのひとときです。くれぐれもお忘れなきよう」
向尸井の声と共に天井の照明が消えた。すると大理石の床から淡くやわらかな光がぽわんと漏れ始める。
向尸井は、銀製の霧吹きを蛹の上からシュッと吹いた。中から飛び出した金色の粒子が赤黒い蛹に降りかかると、蛹が閃光のように激しく眩く輝きだした。
(ま、眩しい)
ほたるは思わず目をつぶった。その時「よ」と、聞き覚えのある声がした。
「え」
細目を開くと、白い人影のようなものが見える。
「ほたる、だよな?」
まさか、とほたるは信じられなかった。そんな、まさか。
白い空間の中、白かった人影に、徐々に色が現れる。
まさか。でも。
「篤……」
それは、あの日、図書館で見たままの、篤の姿だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―
木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。
……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。
小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。
お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。
第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる