80 / 84
【スピンオフ 秋山柚葉、家出する】
【もうちょっとが待てなくて】
しおりを挟む
「なんで? 仕事は?」
確か今、映画の撮影中じゃなかったっけ。
「全く、オレの多忙なスケジュールの合間の貴重なオフに家出するとは、つくづく兄ちゃん孝行な妹だよ」と、苦笑するお兄ちゃんに、夏目のおじいちゃんがトングと軍手を渡した。
「さて、あとはお前の兄貴に任せるぞ。寒さが腰にくるもんで、じいちゃんは退散退散」
ニヤッと笑った夏目のおじいちゃんは、手を振りながら家の中に帰って行ってしまった。
パチパチパチ、と、焚火の爆ぜる音が空間を埋めている。
「ま、なにはともあれ、焚火イモ食おうぜ」
慣れた手つきで焼き芋を掘り起こしながら、お兄ちゃんは夏目のおじいちゃんと似た顔でニカっと笑ったのだった。
ドクドクドクドクドク。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。
黄金色のねっとり甘いはずの焼き芋は、甘くないわけじゃないけど、味がぼやけている。柚葉の口の中に入った瞬間、味の大半が消えて、喉に張り付くだけの何かになってしまう気がした。
「やっぱ、焚火イモは甘いよなー」
お兄ちゃんが美味しそうに食べているってことは、どうやら柚葉の味覚だけ、鈍っているらしい。極度の緊張のせいかもしれないな、と思う。
柚葉は、焚火イモを片手に持ちながら、無意識にピーコートの胸元を握りしめていた。
この内側を見せたら、お兄ちゃんもお母さんみたいに怒るかな。
お兄ちゃんが怒鳴ったところはドラマでしか見たことがない。
でも、あんな風にいろんなものを蹴り上げてお兄ちゃんに睨みつけられたら、私……
ドクドクドクドクドク。
上目遣いにお兄ちゃんの様子を伺う。
「あ」
しまった。ばっちり目が合っちゃった。
「寒いか?」
自分のコートを脱ごうとするお兄ちゃんに慌てて首をふる。
「全然!」
「でも」と、柚葉の手元に目をやるお兄ちゃん。
「あ」
柚葉は握りしめていたピーコートから手を放して「違うの、これは寒いんじゃなくて」と言いかけ、言葉に詰まった。
「寒いんじゃなくて?」
お兄ちゃんが穏やかに続きを促してくる。お兄ちゃんの瞳は、焚火のオレンジ色の炎みたいに、ホッとする暖かさを含んでいた。
小さい頃のことが浮かぶ。
柚葉は学校から帰ってくるお兄ちゃんを迎えに行くのが好きだった。
お兄ちゃんの下校時刻が近づくと、中庭の柚の木の近くに椅子を持って行って、お兄ちゃんが返ってくるのをじっと待った。お兄ちゃんの姿を見つけた瞬間、嬉しくて飛び上がった。
そうしてピュンと駆け出すのに、足が短すぎてお兄ちゃんのところに全然つかなくて、焦ってもっと速く走ろうとして、結局転んで泣いた。
慌てて駆け付けたお兄ちゃんは「痛かったな、頑張ったな」と、優しく頭を撫でてくれたっけ。
ちょうど、こんな風なホッとする優しい顔で。
お兄ちゃんは「もうちょっと待ってれば、家に着くのに」って呆れてたけど、そのもうちょっとが私には待てなかったのだ。
(もうちょっとが、待てない……)
「お兄ちゃんに見て欲しいモノがあるの」
意を決した柚葉は、お兄ちゃんの茶色い瞳を真正面から捉え、ふうと、大きく息を吐いた後、ピーコートのボタンをはずしていった。
確か今、映画の撮影中じゃなかったっけ。
「全く、オレの多忙なスケジュールの合間の貴重なオフに家出するとは、つくづく兄ちゃん孝行な妹だよ」と、苦笑するお兄ちゃんに、夏目のおじいちゃんがトングと軍手を渡した。
「さて、あとはお前の兄貴に任せるぞ。寒さが腰にくるもんで、じいちゃんは退散退散」
ニヤッと笑った夏目のおじいちゃんは、手を振りながら家の中に帰って行ってしまった。
パチパチパチ、と、焚火の爆ぜる音が空間を埋めている。
「ま、なにはともあれ、焚火イモ食おうぜ」
慣れた手つきで焼き芋を掘り起こしながら、お兄ちゃんは夏目のおじいちゃんと似た顔でニカっと笑ったのだった。
ドクドクドクドクドク。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。
黄金色のねっとり甘いはずの焼き芋は、甘くないわけじゃないけど、味がぼやけている。柚葉の口の中に入った瞬間、味の大半が消えて、喉に張り付くだけの何かになってしまう気がした。
「やっぱ、焚火イモは甘いよなー」
お兄ちゃんが美味しそうに食べているってことは、どうやら柚葉の味覚だけ、鈍っているらしい。極度の緊張のせいかもしれないな、と思う。
柚葉は、焚火イモを片手に持ちながら、無意識にピーコートの胸元を握りしめていた。
この内側を見せたら、お兄ちゃんもお母さんみたいに怒るかな。
お兄ちゃんが怒鳴ったところはドラマでしか見たことがない。
でも、あんな風にいろんなものを蹴り上げてお兄ちゃんに睨みつけられたら、私……
ドクドクドクドクドク。
上目遣いにお兄ちゃんの様子を伺う。
「あ」
しまった。ばっちり目が合っちゃった。
「寒いか?」
自分のコートを脱ごうとするお兄ちゃんに慌てて首をふる。
「全然!」
「でも」と、柚葉の手元に目をやるお兄ちゃん。
「あ」
柚葉は握りしめていたピーコートから手を放して「違うの、これは寒いんじゃなくて」と言いかけ、言葉に詰まった。
「寒いんじゃなくて?」
お兄ちゃんが穏やかに続きを促してくる。お兄ちゃんの瞳は、焚火のオレンジ色の炎みたいに、ホッとする暖かさを含んでいた。
小さい頃のことが浮かぶ。
柚葉は学校から帰ってくるお兄ちゃんを迎えに行くのが好きだった。
お兄ちゃんの下校時刻が近づくと、中庭の柚の木の近くに椅子を持って行って、お兄ちゃんが返ってくるのをじっと待った。お兄ちゃんの姿を見つけた瞬間、嬉しくて飛び上がった。
そうしてピュンと駆け出すのに、足が短すぎてお兄ちゃんのところに全然つかなくて、焦ってもっと速く走ろうとして、結局転んで泣いた。
慌てて駆け付けたお兄ちゃんは「痛かったな、頑張ったな」と、優しく頭を撫でてくれたっけ。
ちょうど、こんな風なホッとする優しい顔で。
お兄ちゃんは「もうちょっと待ってれば、家に着くのに」って呆れてたけど、そのもうちょっとが私には待てなかったのだ。
(もうちょっとが、待てない……)
「お兄ちゃんに見て欲しいモノがあるの」
意を決した柚葉は、お兄ちゃんの茶色い瞳を真正面から捉え、ふうと、大きく息を吐いた後、ピーコートのボタンをはずしていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
猫スタ募集中!(=^・・^=)
五十鈴りく
ライト文芸
僕には動物と話せるという特技がある。この特技をいかして、猫カフェをオープンすることにした。というわけで、一緒に働いてくれる猫スタッフを募集すると、噂を聞きつけた猫たちが僕のもとにやってくる。僕はそんな猫たちからここへ来た経緯を聞くのだけれど――
※小説家になろう様にも掲載させて頂いております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
峽(はざま)
黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。
どうなるのかなんて分からない。
そんな私の日常の物語。
※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。
※症状はあくまで一例です。
※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。
※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。
自己責任でお読みください。
【完結】返してください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。
私が愛されていない事は感じていた。
だけど、信じたくなかった。
いつかは私を見てくれると思っていた。
妹は私から全てを奪って行った。
なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、
母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。
もういい。
もう諦めた。
貴方達は私の家族じゃない。
私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。
だから、、、、
私に全てを、、、
返してください。
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる