YUZU

箕面四季

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【スピンオフ 秋山柚葉、家出する】

【漂う夢の中で 動物園に行きたい】

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 ガタタン!
 身体が揺れた瞬間、ぱっと周りの景色が変わった。

 見慣れたお兄ちゃんの部屋。
『お兄ちゃん、おやつですよー』
 パウンドケーキとフォークの乗ったお皿をお盆に乗せて、あたしはウキウキしながら机で勉強中のお兄ちゃんに呼びかける。

『お、サンキュー』
 お兄ちゃんが振り返った。

 今日、幼稚園のお迎えの時に「昨日柚葉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に買い物してるのをスーパーで見かけたけど、お兄ちゃんアイドルのなんとか(名前わすれちゃった)にそっくりで、すごいイケメンね。先週のバレンタイン、いっぱいチョコ貰ったんじゃない?」って、愛ちゃんのお母さんが言ってきた。

 そっか、お兄ちゃんはイケメンだからこの前たくさんチョコを貰ったのかー。
 チョコ、すっごく美味しかったな。あたしも大きくなったらイケメンになりたいな。と思ったのよ。

 そのお返しに、あたしは愛ちゃんのお母さんに「お兄ちゃんは料理も上手なんだよ」って、教えてあげた。

 昨日はね、みどりちゃんパンケーキを作ってもらったの。キャベツ丼も美味しいんだよ。キャベツ丼っていうのはねって、教えてる時にお母さんが来ちゃったけど。

 あたしは、イケメンのお兄ちゃんにおやつを運ぶのが好き。
 なんでかっていうと……

『ケーキ、食べる?』
『うん!』

『母さんには、しぃーだぞ』
『しぃー!』
 さっき自分の分は食べちゃったから、お兄ちゃんにおやつを運ぶことにしたの。

 でも今日は、他にもお兄ちゃんに用事があるの。 

 ベッド近くの小さいテーブルでさっそくパウンドケーキを食べながら、そわそわーっとお兄ちゃんの背中を見る。お兄ちゃんは、また机にかじりついて勉強をしている。そんなに勉強って面白いのかな。

 机の上の本棚には難しそうな本たちがいっぱい並んでいて、端っこに地球が飾ってあった。よく見ると、地球の表面がちょっとでこぼこしてる。あ、パズルでできてるんだ。すごい!

 声かけようかな、どうしようかなー。
 さっきお母さんに「お兄ちゃんの邪魔しちゃダメよ。わがままが過ぎると嫌われちゃうわよ」って言われたしなぁ。
 お兄ちゃんに、嫌われちゃうのは絶対にイヤ!

(やっぱ、お願いするのやめた方がいいかな……)
 チラチラ見てたらお兄ちゃんが振り返って、じぃっとあたしを見た。

『なんか、兄ちゃんに頼み事があるんだろ、言ってみ』
 お兄ちゃんがニヤッとする。

『言っても、嫌いにならない?』
 おかしそうに笑うお兄ちゃん。

『なるほど。それでそわそわしてたのか。母さんは兄ちゃんのこと心配してるだけだよ。大丈夫だから言ってみ』
『本当に?』

『本当に』
 よかったぁ。そうだよね。お兄ちゃんがあたしを嫌いになるなんて、絶対絶対ないもんね。

『あのね、あのね。愛ちゃんが動物園すっごく楽しいよって。結ちゃんもご飯食べながら動物見れるよって言ってたの。お土産屋さんにかわいいぬいぐるみもいっぱいあるんだって!』
『動物園かぁ。そういや、随分前にリニューアルしたんだったな』

『お母さんもお父さんも、今は寒いから暖かくなってからって言うの。でも、今行きたいの! みんな行ってるのにあたしだけまだなんだよ』
『みんなぁ?』
 お兄ちゃんの疑わし気な目に、どきっと緊張しながら『うん、みんな』と小さく頷いた。

 本当は、愛ちゃんと結ちゃんから聞いただけ。でも、愛ちゃんと結ちゃんが行ったなら、みんなだ。だって一人じゃないもん、二人はみんなだもん。

『しょうがねーなぁ』
 苦笑いしたお兄ちゃんが『いいよ』と頷いた。

『本当?』
『でも、次の日曜日だぞ。兄ちゃん学校あるからな』

『うん、お兄ちゃんありがとう! あたし、家族の中でお兄ちゃんがいっちばん好き!』
『わかったわかった。母さんにバレる前にさっさとケーキ食べちゃえよ』
『はーい』
 グサッとパウンドケーキにフォークを刺して大口で食べ進める。

 楽しみだなー。動物園! 早く行きたいなー。何見ようかなー。
 愛ちゃんが動物いっぱいいすぎて、全部見るの大変って言ってたもんね。

『そうだ!!』
 いいこと思いついちゃった!

 さっそく、お兄ちゃんの部屋に勝手に作った『ゆずは箱』からお絵かきセットを取り出して、ケーキが落ちないようにテーブルの下に広げる。

 一生懸命描いていたら、お兄ちゃんが背を向けたまま『柚葉も勉強か?』とおかしそうに声をかけてきた。お兄ちゃんのマネして、あたしも絵を描きながら応える。

『あのね、動物園で見たいものを絵にしてるの。これ持っていったら、見るの忘れちゃったーってならないでしょ。あ、そうだ! ソフトクリームも食べなきゃ。お兄ちゃんも見たい動物があったら言ってね。あたしが絵にしといてあげる!』
 お兄ちゃんの見たい動物はやっぱりライオンかな? それとも恐竜かな?

 …………。

 あれ? 聞こえなかったかな? じゃあ、もう一回!
『お兄ちゃんも好きな動物あったら言ってね! なんだ、お兄ちゃん聞いてるじゃん』

 顔を上げたら、お兄ちゃんはちゃんとこっちを振り返っていた。
『お兄ちゃん?』

『あ、ああ……動物な』
 ハッとしたお兄ちゃんが椅子を降りて、あたしの絵を見に来る。

『お、キリンうまいじゃん』
『でしょー』
 お兄ちゃんに褒められて、えへへーとなる。

『そうだ! お兄ちゃんのために恐竜も描いとくね』
『え? 恐竜?』

『見たいでしょ? 男の子だし』
 くくっ、とお兄ちゃんが笑う。

『そうだな、男の子だしな。恐竜いるかな』
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