YUZU

箕面四季

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【水族館のこと】

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 ママは「ただいまー」と、相変わらず細いながらも、いつもの元気な笑顔で柚樹を抱きしめた。

『ママね、全力で死ぬまで生きるって決めたの。柚樹のおかげよ』
 そう言って、ママは笑ったんだ。

 柚樹は、目の前の浴衣姿のママを見た。

 たぶん、今のママは、退院してしばらく経った後の、少しふっくらしたママだ。
 柚樹が(もう大丈夫なんだ、ママはすっかり元気になったんだ)と、安心しきっていた頃のママの姿。

 退院したママは、入院する前よりも元気で明るくて、ご飯ももりもり食べて、前よりもたくさん遊んでくれるようになった。

 たまにしか行かなかった葦春公園に頻繁に連れて行ってくれるようになった。
 今までは見守っているだけだった遊具で、ママも一緒に遊んでくれた。
 柚樹はすごく嬉しかったしすごく楽しかった。

 けれどある日、ママが葦春公園の広場で、柚樹とキャッチボールをしようとして、できなかった。
 すぐに「遊具で遊ぼう」と、楽しそうに遊び始めたママだったけど。

 だけどその日は、なんだかずっと、ママに元気がない気がした。
 どうしてママに元気がなくなったのか柚樹にはわからなかった。キャッチボールができなかったせいだとは、思いもしなかったのだ。

 ママは柚樹が小さすぎてできないことがあった時「柚樹がもう少し大きくなったら絶対しようね。柚樹の成長が楽しみね」と嬉しそうにしていたから。
 遊園地のジェットコースターが身長制限で乗れなかった時もそうだった。

 理由はわからなかったけれど、元気のないママは見たくなかった。
 それで、葦春公園の代わりに水族館に行くことにしたのだ。

 柚樹が魚の名前を喋る度、ママはすごく楽しそうに笑ってくれた。

 ママの笑顔の真相は、柚樹の言い間違いのせいだったわけだけど、ママが楽しそうに笑うから、柚樹は水族館が好きだった。
 毎日毎日手を繋いで水族館に出かけた。トンネル水槽を一緒に歩いた。

 おみやげブースで「ジンベイザメ柄の甚平って」と、笑いだしたママを見て、柚樹もすごく楽しくなった。店員さんが見ているのも構わず二人でケラケラ笑った。
 あの時は、何でママが笑ったのかわからなかったけど、すごく嬉しかったから「これ欲しい」と、子供用の甚平をねだったのだ。
 笑ったママが大好きだったから。
 楽しそうに笑っているママを見ると、安心できたから。

 もう、大丈夫なんだって。

(あの甚平を着て、七夕をしたんだっけ)

 あの日のママは……今と同じように黄色いひまわりが鮮やかに咲く紺色の浴衣を着ていた。黄色い大きなひまわりが咲く紺色の浴衣は、ママの性格そのものを表しているようで、ママによく似合っている。

 きっと柚葉が着ても似合うだろうな、と思った。

 だって、柚葉とママは……
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