YUZU

箕面四季

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【義理孫についての投稿】

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「もう、お父さんったら。念のための入院って言ってるじゃない!」
 横開きの病室のドアをスーッと開いたら、母さんと夏目のばあちゃんが、大口を開けていちごを頬張っているところだった。

 リスみたいにほっぺを膨らませた母さんの目が驚いて丸くなり、いちごをゴクリと飲み込んで、それから父さんに向かってプリプリ怒りだした。

「ユズはテスト週間なのよ。早退させるなんて!」
「まあまあ。ばあちゃんは孫に会えて超ラッキー。ほら、ユズ、いちご食べんさい。ユズが来ると知っとったらケーキでも買ってきたのにねぇ」
 夏目のばあちゃんは、ふくよかなお腹をゆすってパイプ椅子から立ち上がると、柚樹を抱きしめようとする。

「ちょ、ばあちゃん。もうそういうのやめろって」
「なーに遠慮しとるの。下ん子が生まれる時は、上ん子はみぃんな寂しいもんよ。そういう時はばあちゃんが甘やかしてやると昔から決まっとるんよ」
 意味不明な事を言って強引に近づくばあちゃんを、柚樹は両手で押しのけた。

 いつも通りのばあちゃんと母さん。父さんは深刻そうだったけど、本当に念のための入院のようだった。
 ちょっと……ほんのちょっとだけど、安堵している自分がいた。

「すこやかさんなら、出産まで家から通えて入院も四日だったんだけど。お母さん、反省してるわ」
 母さんが申し訳なさそうに、ため息を吐く。

「別に……母さんのせいじゃないだろ」

(悪いのは全部、赤ちゃんだ)
 一文字に結んだ柚樹の口元をちらりと見て、ばあちゃんは父さんに微笑みかける。

「初産は予定日よりも遅れますでしょう。祐太さんもお仕事あるし、生まれるときはちゃんと連絡しますから心配せんでねぇ。家んことは、秋山さんか春野さんのおばあさまに来てもらって」

「いらない!」
 反射的に柚樹は叫んでいた。

「ユズ?」
 母さんが怪訝そうに見つめている。

(やっぱりそうなんだ)
 柚樹の心に暗い暗い闇が広がっていく。

 ばあちゃんの言葉を聞いて確信してしまった。やっぱり、前に図書館のパソコンで見た通りなんだ。

 母さんのお腹に赤ちゃんがいると知らされてから、柚樹は悩みに悩んで、気が気じゃなくて、とても落ち着いていられなくて、母さんたちにバレないように市立図書館のパソコンを借りて、継母、再婚、赤ちゃんというワードでネット検索していた。
 すると、柚樹と似たような家族の相談が載っていたのである。

 相談者は祖母。柚樹でいえば、夏目のばあちゃんにあたる人の投稿だった。

『義理孫についての相談です。一昨年、娘が五歳の息子を持つシングルファザーと再婚しました。
 娘婿は前妻と死別しています。娘は初婚です。

 旦那の連れ子はとてもいい子で、私たちにすぐに懐き、娘家族が遊びに来たときは本当の孫のように可愛がっておりました。
 しかし今年の春に娘が出産しました。目元が娘の子供の頃にそっくりの女の子です。目に入れても痛くない可愛い初孫です。
 娘家族が遊びに来ると赤ちゃんをずっと見ていたい、抱いていたいと思うのです。
 それなのに「ばあば、赤ちゃんより僕と遊んで」と義理孫にせがまれます。

 はっきり言って、迷惑に感じます。義理孫は所詮他人です。よその子どもです。

 主人は「我慢するしかない」と言いますが、せめてうちに遊びに来るときは、義理孫を旦那の実家か亡くなった前妻の実家に預けて欲しいです。

 継母という立場上、娘もはっきり口には出しませんが、同じように感じていると思います。どうしたら、角を立てずに私たちの気持ちを伝えられるでしょうか』

 読み終えた時、ショックで目の前が真っ暗になった。
 これが、柚樹が感じていたモヤモヤの正体。不安の答えだと思ったのだ。

 母さんのお腹に赤ちゃんがいると知った時から、柚樹のお腹に生まれたモヤモヤ。その「モヤモヤ」の正体が判明した瞬間だった。

 この先、自分もその男の子のように邪魔な存在になるに違いない。

(母さんと夏目のじいちゃんばあちゃんにとって、オレは迷惑になるんだ)
 だけどそれは、赤ちゃんが生まれた後だと思っていた。

(でももう始まっているんだ)
 ばあちゃんは『家んことは、秋山さんか春野さんのおばあさまに来てもらって』と言った。

 秋山は父さんの実家で、春野は死んだママの実家。つまり、『旦那の実家』か『前妻の実家』ってことだ。

(オレはすでに、迷惑な存在なんだ)
 柚樹は奥歯を噛みしめ、こぶしを握り締める。

「オレだってもう小6だし、父さんが会社にいる間、一人で家のことくらいできるよ。ガキじゃねーんだから母親とか必要ねーし。つーか、どうせなら、育児もばあちゃんちでしたらいいじゃん。ばあちゃんたちだってその方が嬉しいだろ。なんせ、正真正銘の初孫なんだしさ」

「ユズ……」
 母さんの困惑した声と重なるように「柚樹、その言い方はなんだ!」と父さんが声を荒げると、ばあちゃんが慌てて「まあまあ」と割って入ってきた。

「ユズにも心の準備があるんよね。赤ちゃんが生まれたあとのことはまた考えるとして、家んことはユズに頑張ってもらうのもいいかもしれんね。どっちにしても、お兄ちゃんになったら、家ん手伝いしてもらわにゃならんもんね」
 ばあちゃんはそう言って、柚樹にウィンクを投げてくる。ばあちゃんなりの助け舟。

 いつもばあちゃんは柚樹が叱られそうになると、たとえ柚樹が悪くても柚樹の味方をしてくれる。

(でも赤ちゃんが生まれたら、ばあちゃんだって変わるんだ)
 心配そうに自分を見つめる母さん。母さんだって、変わる。

(赤ちゃんなんか生まれなきゃいいのに)
 白い掛け布団越しにも出っ張りがわかる母さんのお腹を睨みつけ、また唇を噛みしめた。ぷつっと、鉄の味が滲む。

(こいつのせいで、オレは学校でも酷い目にあっているのに)
 ムカつく。

「ユズを見とると一輝おじちゃんを思い出すねぇ。一輝おじちゃんも、妹になるお母さんが生まれる時は、そりゃあ大変だったんよ。嫉妬して嫉妬して。よう似とるわ。男ん子は、みーんなマザコンで、それがまた母親にとっては可愛くてねぇ。懐かしいねぇ」
 ばあちゃんの分厚い手が柚樹の頭を撫でようとする。

「やめろよ!!」
 ムッとして、ばあちゃんの手を払いのけ叫ぶ。

「一輝おじちゃんとオレは全然違う!」
「柚樹! お前いい加減に」
 父さんが怒鳴る。

「いいんですよ、祐太さん。これがばあちゃんの仕事なんですよ。ばあちゃんはへこたれんよぉ。なんせユズをめちゃんこ愛しとるからねぇ。もう食べちゃいたいくらいよ」
 イライラする。耳の奥が轟轟とくぐもった音を立てていた。

(一輝おじちゃんと母さんは正真正銘の兄妹じゃんか)
 でもオレは、母さんの本当の子供じゃない。なんでオレは違うんだよ。

 喉の奥が詰まる。いろいろ、怖い。圧倒的な味方が欲しい。自分を無条件に愛してくれる、本物の母親がいたら。

(ママに、会いたい)

 本物の母親に会いたい。そう、思わずにはいられなかった。


 帰りの車で父さんは何度か「柚樹、あのな」と言いかけた。
 でも結局「学校はどうだ?」とか「最近の給食はアレルギー対策がしっかりしてるんだってな」とか、小学校の話題に無理やりすり替えていた。

 今、学校のことは話したくないのに。面倒くさくて、柚樹は寝たふりを続けた。

 ようやく家に着いて玄関を開けた途端、香ばしい揚げ物の匂いが鼻をついた。
 キッチンはさっきまで母さんがいたようなやりかけの状態で、柚樹の大好きな唐揚げとトンカツが大量に網の上に乗っている。
 フリーザーパックにもいろんなおかずが小分けに詰められていて、それぞれの日付の欄には「副菜」、「朝」などと書かれている。いかにも几帳面な母さんらしいと思った。

 白米は、お茶碗一杯ずつラップに包んで冷凍されていた。焼き魚まで冷凍庫に入っている。野菜がたくさん取れるスープや具沢山味噌汁などの即席スープの素も買ってあった。

「母さん、お前のために頑張ってたんだな」と父さんが呟く。

(別に頼んだわけじゃねーし)と柚樹はイライラした。

 こんなもん作って入院されても、ちっとも嬉しくない。それより妊娠するなって話だ。
 夜ご飯は父さんと二人で唐揚げととんかつをつまんで、残りはフリーザーパックに入れて冷凍した。

 食事中も父さんは、「柚樹、さっきの」と言いかけては「ほら、小学校の体育は今何してるんだ?」と強引に話題をすり替えていた。

 マジでウザい。

 赤ちゃんの話をされてもムカつくけど、言いかけてやめるのもムカつく。ちらちらこっちの反応を伺うような仕草もムカつく。

「父さんの頃は、ドッヂボールが流行っててな。昼休みと放課後はみんなでよく遊んだよ。柚樹はドッヂボール得意か?」
「別に普通」

「そうか、普通か……」
 落胆する父さんをジロリとねめつけながら、母さんが入院している間、毎日これを繰り返す気かよ、と思う。

 マジでうんざりなんですけど。

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