タチバナ

箕面四季

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空蝉の声

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 その後ホームセンターの通路を、染谷さんを筆頭に僕、沢渡の順で進んでいった。

 染谷さんは、ソメヤではなく、ソメタニ。
 ソメタニさん。ソメタニさん。

 心の中で復唱すると顔や耳が火照ってきた。
 慌てて頭の中を無にする。

 ダメだ。
 染谷さんを好きだと自覚してしまったせいで、僕はおかしい。

「この子です」
 本日二度目の黒モルモットと対面した時、黒モルモットは大きな頭をぐんと上げて僕と染谷さんを見た。
 それから何事もなかったかのようにエサ入れの中の緑色の固形物を食べ始めた。
 さっきの騒がしさがウソのように静かだ。

 やっぱりこのモルモットは賢い。
 もしかしたら自分がもうすぐ殺処分されるかもしれないことにも気づいていたかもしれない。

 知っていて自分の運命を受け入れていた気がした。
 それでも、誰も見向きもしない自分を気に掛けてくれた染谷さんだけは、何としてでも守りたかった。
 だから僕に知らせた。

「このモルモットをください」

「ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございます!」
 染谷さんに深々と頭を下げられ、何度も礼を言われて照れた。
 照れながら、きっと染谷さんが一番このモルモットを飼いたかったに違いないと思った。
 モルモットの方も染谷さんに飼われたかったに違いない。

 染谷さんと黒モルモットを引き離してはいけない。
 彼女たちが頻繁に会えるようにするにはどうしたらよいだろう。

「あの、実は、僕はこれまで一度も動物を飼った経験がありません。ですので、ちょくちょくこちらでこの子の飼い方などを、染谷さんに教わりたいのですが、お願いできますか?」

 染谷さん、と、呼ぶとき、声が上ずった。
 耳が火照る。
 慎重に何気なさを装ったつもりだったが、染谷さんの名前を知っていること自体が不自然な気がしてきた。

 いや、名札がついているのだから大丈夫だ。
 でもソメヤではなくソメタニと呼んだ。
 それもさっき沢渡が呼んでいたのだし、問題ない。
 というか僕もそれで染谷さんがソメタニさんだと知ったんじゃないか。
 なんでこんなにテンパってるんだ。落ち着け。

「もちろんです、いつでも、何でも聞いてください」と染谷さんが笑った。
 花開くような笑顔だった。

 顔がニヤケそうになって慌てて沢渡に確認を取る。

「問題ないでしょうか?」
「ええ。まあ。はい」
 嫌とは言えず、引き攣った笑顔で沢渡は承諾した。

 しばらくして僕は図らずも自分が染谷さんと会って話せる口実を作っていたことに気づいた。
 いや、図っていたのかもしれない。

 どちらでもいい。嬉しいことには変わりないのだから。

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