タチバナ

箕面四季

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空蝉の声

新しい殻

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 両親から離れたことで、僕は少し呼吸ができるようになった気がした。

 これが最後のチャンスかもしれない。
 もう一度、渾身の力を込めれば、羽化も可能なんじゃないか。

 これまでの僕を知らない大学で、僕は考えうる限りの僕になってみることにした。

 金髪にしてピアスの穴を開けまくる。
 爽やかさを捨て不機嫌に振舞う。
 浮浪者のように髪も髭ものびっぱなしにしてみる。
 メガネをかけて誰とも喋らず誰とも目を合わさず黙々と勉強する。
 講義に出ないで毎日ゲームをしてすごす。
 昼夜逆転してみる。
 夜の世界でバイト。

 アイツは壊れている。アイツはヤバい。近寄らない方がいい。

 イメチェンはある意味成功し、おかげで僕に近づく学生は一人もいなくなった。

 でも壊れている僕もヤバい僕も、近寄らない方がいい僕も、本当の僕ではなかった。

 どんな精神状態でも、昆虫学の講義だけは真面目に参加した。

 昆虫は本当の僕が唯一好きなもののはずだった。
 どうして僕は昆虫に興味を持ったのか、昆虫のどこが好きなのか、それが解明できれば、僕は僕を取り戻せるかもしれない。

 応用昆虫学、昆虫機能生理化学、資源昆虫学、昆虫多様性生態学などを学び、飛び級で博士課程を終え、大学史上最年少で、この大学の講師になった。

 大学院で研究だけをしていた学生の時と違い、大学の講師は学生たちとの接点が多い。
 昆虫学分野の講義を教えたり、ゼミ室の学生たちの卒論研究のサポートをしたりしなければならない。

 それで僕は、アセクシュアルで口数の少ない内向的な講師の殻を被ることにした。
 恋愛に興味を示しやすい学生たちにとって、最も興味の薄い無難な殻。

 講師になってしばらく経った今、殻はしっとりと僕に馴染んで、近頃は本当に自分がアセクシュアルで内向的な人間のような気もしていた。

 だが。
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