タチバナ

箕面四季

文字の大きさ
上 下
53 / 83
空蝉の声

完璧な両親の子供

しおりを挟む
 十三度目の夢を見た時、唐突に僕は羽化不全の蝉が僕であることに気づいた。

 蝉は、幼虫の殻を脱ぐのが遅すぎて脱げなくなっていた。
 時期を逃しガチガチに固まってしまった殻は、自分と癒着してもう離れない。

 僕は飛べない。

 飛べないままに木の幹を転がりおちて、アリに食べられていく。
 果てしない空では、こんなにもたくさんの仲間が鳴いているのに、僕はそのどれにもなれなかった。

 誰も僕を知らない。
 僕自身も僕を知らない。

 蝉の抜け殻のことを『空蝉』という。

 空蝉はまた、現に生きている人のことも指す。
 それが転じてこの世、現世、人間界。これは古語の『うつしおみ』が語源になっているらしい。

 自分を見失った僕は、この世に半分生きていて、かろうじて息をしながら死ぬのを待っている。
 僕に群がるアリは、僕の周りを囲んでいた友達や告白してきた女子たち。
 僕は彼らの望む自分を演じて、彼らに消費されていく。

 僕は圧倒的な孤独の中にいた。

 いよいよダメになったのは、この大学に入学した頃だ。
 両親から離れて一人暮らしをすることになったのも要因のひとつだろう。

 両親は僕に理想を押し付ける人たちではなかった。
 間違いなく、ありのままの僕を受け入れてくれる度量の持ち主だった。

 僕がバカでも運動ができなくても、引っ込み思案でも、自由奔放でも、オタクでも、男でなくても、どんな性格でも、きっとなんでも受け入れてくれたと思う。
 だけど僕にはできなかった。

 父も母も人間性に長けていて、彼らに相応しい息子になることを世間が望んでいた。
 それを敏感に察知できるくらいの知能が幼少期からあった。

 僕は一般的な子供よりも優秀じゃないといけない。
 そうじゃないと両親が僕のせいで馬鹿にされてしまうから。

 だけど両親に僕が無理していると思われてもいけない。
 父も母もそんなことはしなくていいと言うに決まっているから。

 子供ながらにそう思ったことは覚えている。

 無理やり貼り付けた偽りのアイデンティティは案外あっさり僕に馴染んだ。
 いつしか僕も、僕は最初からこういう性格だったと思うようになっていた。

 なのに、友達が増えれば増えれるほど、先生に褒められれば褒められるほど、女子の告白が続くほど、僕の内側は冷たく固まって、叫びだしたくなる衝動にかられた。

 少しずつ、でも確実に溺れていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者を寝取られた公爵令嬢は今更謝っても遅い、と背を向ける

高瀬船
恋愛
公爵令嬢、エレフィナ・ハフディアーノは目の前で自分の婚約者であり、この国の第二王子であるコンラット・フォン・イビルシスと、伯爵令嬢であるラビナ・ビビットが熱く口付け合っているその場面を見てしまった。 幼少時に婚約を結んだこの国の第二王子と公爵令嬢のエレフィナは昔から反りが合わない。 愛も情もないその関係に辟易としていたが、国のために彼に嫁ごう、国のため彼を支えて行こうと思っていたが、学園に入ってから3年目。 ラビナ・ビビットに全てを奪われる。 ※初回から婚約者が他の令嬢と体の関係を持っています、ご注意下さい。 コメントにてご指摘ありがとうございます!あらすじの「婚約」が「婚姻」になっておりました…!編集し直させて頂いております。 誤字脱字報告もありがとうございます!

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

アマレッタの第二の人生

ごろごろみかん。
恋愛
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』 彼がそう言ったから。 アマレッタは彼に恋をした。厳しい王太子妃教育にも耐え、誰もが認める妃になろうと励んだ。 だけどある日、婚約者に呼び出されて言われた言葉は、彼女の想像を裏切るものだった。 「きみは第二妃となって、エミリアを支えてやって欲しい」 その瞬間、アマレッタは思い出した。 この世界が、恋愛小説の世界であること。 そこで彼女は、悪役として処刑されてしまうこと──。 アマレッタの恋心を、彼は利用しようと言うのだ。誰からの理解も得られず、深い裏切りを受けた彼女は、国を出ることにした。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

とある令嬢の勘違いに巻き込まれて、想いを寄せていた子息と婚約を解消することになったのですが、そこにも勘違いが潜んでいたようです

珠宮さくら
恋愛
ジュリア・レオミュールは、想いを寄せている子息と婚約したことを両親に聞いたはずが、その子息と婚約したと触れ回っている令嬢がいて混乱することになった。 令嬢の勘違いだと誰もが思っていたが、その勘違いの始まりが最近ではなかったことに気づいたのは、ジュリアだけだった。

隠された山の麓で

みみみ
恋愛
 人の寄り付く事のない森の中の山の麓の小さな家に、怪我をし記憶を失った若い男はたどり着いた。 そこに住む若い女アナリーに介抱され暫く世話になる。やがて2人は恋に落ち結ばれる。だが…  一つの目的の為に、小さな息子と王都に辿り着いたアナリーそこに待ち受けていたものは…

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...