タチバナ

箕面四季

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空蝉の声

両親の殻

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 自分で言うのは憚られるが、僕は物心ついた頃から自分の容姿が同じ年齢の子たちの中でずば抜けていることを周囲の大人の反応を見て自覚していた。

 優秀な両親から受け継いだ遺伝子のおかげで、人より頭も運動神経も良かった。

 僕の父は人を惹きつける不思議な魅力のある人で、ふと気が付くと、父の周りにはひとだかりができていた。
 僕の母は普段物静かで、けれども言うべき時にはちゃんと言うことのできる芯の強さを持っている。

 高校の介護実習で出会った素敵なおばあちゃんを目指しているという少し変わった夢を持つ母は、僕と父を深く愛してくれる大いなる母性の持ち主で、家族の精神的支柱を担っていた。
 

 僕が父の社交性と母の芯の強さを混ぜた殻を被って学校生活を送るようになったのはいつの頃からだったろうか。

 気が付けば僕の周りにはいつでも友達が集まり、先生からも信頼された。
 クラスメイトの女子に告白されるようになり、その数は徐々に増え、中学生になると先輩や後輩の女子からも告白されるようになっていた。

「いいよなー、ナツは。スクールカーストの頂点じゃん。人生勝ち組街道まっしぐら」
「でも悪い奴じゃねーから恨めねー。頼む! その能力のどれか一つ分けてくれ」

「オレはお前の顔がいい。オレの顔と交換しよーぜ」
「いやあ、湊の顔になるのはちょっとなー」

「コラ、もうちょっとオブラートに包めや。オレのハートはガラスでできてんだぞ。泣くぞ」

 ジョーダンを言い合う男友達もまた、スクールカーストの上位者たちだった。
 はたから見ると恵まれ過ぎた環境。

 その中心で僕はだんだん溺れていった。

 肺にちょっとずつ水が溜まっていく感覚。
 息苦しい。酸素が足りない。

 放置されて腐った水の中で泳ぐ金魚みたいに口をパクパクさせて、やっとの思いで空気を取り込んでいる。
 そんな感覚がつきまとう。

 僕はどこかおかしいのだろうか。

 唯一、ベッドに寝転がって昆虫図鑑を眺めている時だけ呼吸が楽になった。
 そういえば小さい頃は虫が好きだった。
 道端や公園で虫を見つけては、「これ何?」と母や父に尋ねた。
 母が昆虫図鑑を買ってくれた時は文字通り飛び上がって喜んだ。それから昆虫の同定に勤しんだ。

 いつから昆虫を見なくなったんだっけ。
 わからない。

 僕は昆虫への興味がなくなったのだろうか?
 わからない。

 どうして昆虫図鑑を眺めることが好きなのだろう。
 わからない。

 僕はどうして湊たちと仲がいいんだっけ。

 ――わからない。
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