タチバナ

箕面四季

文字の大きさ
上 下
47 / 83
空蝉の声

羽化不全の蝉

しおりを挟む
 夢の中で、これは夢だと思うことがある。

 今の僕がまさしくそうだ。
 そしてこの夢は繰り返し見たことのある夢だ。
 なのに、いつも重要な部分が抜けてしまう。

 蝉が鳴いていた。
 クマゼミとアブラゼミとニイニイゼミとツクツクボウシとヒグラシがいっぺんに鳴いている。

 ジーーーーーー、ジュワジュワジュワジュワ~、チィーーーーー、ツクツクボーシツクツクボーシ、カナカナカナカナ……

 それらが大音量で鳴いていてやかましい。
 でもそんなはずはない。

 クマゼミとアブラゼミはわかる。
 だがニイニイゼミは僕の住んでいる地域ではクマゼミよりも少し早い時期に鳴く。
 逆にツクツクボウシはクマゼミよりも少し後に鳴く。
 ヒグラシは言わずもがな、夏の終わりの夕刻に鳴く。

 セミたちは夏に一斉に鳴くようで、微妙に仲間同士で住み分けている。
 それらが一斉に、どれもこれも大音量で鳴くはずがない。
 五種のセミが一斉に大音量で鳴いたら鼓膜が無事でいられるはずもない。

 灼熱の太陽が、黄色く、白く、じりじりと僕の頭上を照らしていた。

 八月のお盆の時期。
 真夏の正午。

 汗が出ている。でも実際の僕は八月の正午に外へ出たことはない。

 その時間は四十℃を超えるため、いくら夏休みであっても僕ら小学生は外出を禁止されている。
 そう。僕は小学生だった。

 そんなはずはない。
 そんなはずはない僕は、灼熱の太陽が降り注ぐ公園の木の下に立って、暑さで干からびかけている幹についた奇妙な瘤を見上げている。
  
 なんだろう。なんだろう。

 あ、そっか。

 これは羽化不全の蝉だ。
 抜け殻から身体を半分出したまま動けなくなってしまっている。

 まだ生きている。
 でも助からない。
 固まってしまっている。

 もう飛べない。

 ああ、そうだった。
 十三回目にこの夢を見た時に気づいたじゃないか。

 これは、僕だ。
 僕だったんだ。

 自覚した途端、羽化不全の蝉がコロリと地面に落ちた。
 そこにはアリがいた。

 アリは仲間を呼んで、瞬く間にそれは黒くなっていく。
 びっしりと囲まれて、生きたまま小さな塊にされていく。

 なすすべもない僕。
 遠い空でたくさんのセミが鳴いている。

 うるさい。うるさい。うるさい。
 痛い。苦しい。息ができない。
 誰か。誰か。

 ――助けて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

今、夫と私の浮気相手の二人に侵されている

ヘロディア
恋愛
浮気がバレた主人公。 夫の提案で、主人公、夫、浮気相手の三人で面会することとなる。 そこで主人公は男同士の自分の取り合いを目の当たりにし、最後に男たちが選んだのは、先に主人公を絶頂に導いたものの勝ち、という道だった。 主人公は絶望的な状況で喘ぎ始め…

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について

みん
恋愛
【モブ】シリーズ①(本編) 異世界を救うために聖女として、3人の女性が召喚された。しかし、召喚された先に4人の女性が顕れた。そう、私はその召喚に巻き込まれたのだ。巻き込まれなので、特に何かを持っていると言う事は無く…と思っていたが、この世界ではレアな魔法使いらしい。でも、日本に還りたいから秘密にしておく。ただただ、目立ちたくないのでひっそりと過ごす事を心掛けていた。 それなのに、周りはおまけのくせにと悪意を向けてくる。それでも、聖女3人のお姉さん達が私を可愛がって守ってくれるお陰でやり過ごす事ができました。 そして、3年後、聖女の仕事が終わり、皆で日本に還れる事に。いざ、魔法陣展開で日本へ!となったところで…!? R4.6.5 なろうでの投稿を始めました。

プロローグで死んでしまうリゼの話

おてんば松尾
恋愛
寒さに震えながらリゼは機関車に乗り込んだ。 疲労と空腹で、早く座席に座りたいと願った。 静かな揺れを感じながら、リゼはゆっくりと目を閉じた。

処理中です...