タチバナ

箕面四季

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ライラック

もしも

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 ところが通学電車の密かな楽しみもあっという間に終わりを告げてしまう。

 カナエの通う高校は進学校で、早朝学習が始まり、授業時間も長くなった。
 カナエは朝も帰りもコウタ君の乗る電車に間に合わなくなってしまったのだ。

 そうしてコウタ君に会えないまま月日が経過したある日、友達から衝撃の情報がもたらされた。

「前にカナエが電車で話してたカッコイイ男子、あたしの中学の同級生とつきあいだしたらしいよ」

 目の前真っ暗のカナエに、とどめの一撃が添えられる。

「その子、全然可愛くない子だよ」

「それ……ショックかも」
 もしも自分だったら、と置き換えたら胸にジクジクした痛みが走った。
 桜井さんが頷く。

「私も、その可能性は全く考えていなかったわ」

 困ったように笑って「コウタ君の彼女が可愛い子だったら、ショックでも諦めがついたのにね」と付け加える。

 カナエは酷く後悔した。
 もしもカナエが勇気を出して「つきあって」とコウタ君に伝えていたら、自分がコウタ君の彼女になれていたんじゃないか。
 そんな未来が頭をもたげてしまう。
 その可能性を自分の勇気のなさが潰したのかもしれないと思うと後悔に押しつぶされそうになった。


『高校生の皆さん、まもなく介護実習終了の時間です。速やかに業務を終えて食堂ホールに集まってください』

「あら、もうそんな時間なのね」
 私は、再び車いすに桜井さんを乗せて廊下を滑るように進んだ。

 きっとコウタ君は、イケメンな上に、外見ではなく内面を見ることのできる素敵な人だったのだろうな、と思った。
 そのコウタ君と橘が重なって、胸がズキズキジクジク痛み続ける。
 橘も外見で人を判断しない。

 モテる橘にはそう遠くない未来に彼女ができるだろう。
 その人がもし、華やかな女子たちではなく、私側の人間だったら。

――私も、その可能性は全く考えていなかったわ。

 桜井さんの言葉がぐるぐるリフレインする。
 胸がどうしようもなくざわつく。

 だけど。でも。
 だって私は、橘につりあわない。
 それをちゃんと自覚している。

 橘の周りには、見るからにリア充で可愛い女子がいっぱいはびこっていて。
 あの子たちの誰かが橘の彼女になるんだろうな、と、思っていて。

 でももし、そうじゃなかったら?

 ひたすらに無言で車いすを押す私を思いやるように、桜井さんもただ静かに、廊下の窓から外の景色を眺めていた。 
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