タチバナ

箕面四季

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ライラック

「好き」よりハードルの高い言葉

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 電話に出たのはコウタ君だった。

「あれ、どうしたの?」と尋ねた電話越しのコウタ君の声はいつもよりも低めで、心臓が弾け飛びそうになる。
 カナエの頭は真っ白になった。

「えっと、あのね。あの、ね。えっと。えっと」

 言葉が出てこない。
 顔がどんどん火照って熱くなる。
 恥ずかしい。
 でも電話しちゃったんだから言わなきゃ。

「ずっと好きだったよ! じゃあね! ってまくし立てるように言って、そのまま電話を切っちゃったの」
「え。それじゃあコウタ君からの返事は?」

「貰いそびれちゃった」
 えへっと、桜井さんがお茶目に笑う。

 高校に入る前に、ちゃんとフラれて気持ちに踏ん切りをつけようと、固い決心を胸に電話をかけたのに「つきあって」の一言がどうしても言えなかったのね、と桜井さんは苦笑する。

「私「好き」までは言えるの。でも「つきあって」は、無理だったなぁ。誰かと付き合えるほど可愛い容姿じゃないと思っていたから。「つきあって」と言えるのは可愛い女子の特権だと考えていたの」

「わかる! わかります」
 わかりみしかない。

 たとえば……たとえばさっき橘に声をかけた自信満々なあの子たちなら「つきあって」ってさらりと言えちゃうんだろう。
 でも私は絶対に言えない。言う権利もない。

 ふと疑問が湧いた。
 歳を取った今でさえ、橘に「なんかちょっと可愛くね」と言われる桜井さんは、若い頃すごく可愛かったに違いない。
 それなら桜井さんは「つきあって」と言える側の女子だったはず。

「結局そのまま春休みは終わって、四月からはコウタ君と別の高校に通い始めたの」
「スマホない時代ってことは、コウタ君と連絡を取る手段は」
 桜井さんが首を横に振る。

「さすがに、もう一回家に電話する勇気はなかった」

 中庭へ続く引き戸を開き、桜井さんが指定したベンチの横に車いすを固定しながら、私はため息を吐いていた。
 昔の恋愛ってハードすぎる。
 面と向かって告白したり、家に直接電話したり。
 そうやってすっごい勇気を出しても報われないなんて。

 ドーム状に囲われた中庭は空調が効いていて真夏でも涼しい。
 芝生の緑も鮮やかで、色とりどりのパンジーが咲き誇っていた。

 桜井さんがすーっと緑の空気を吸い込んで「でもね」と目を輝かせる。

「でも、なんと一緒だったのよ」
「何がですか?」

「通学ので・ん・しゃ」
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