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65 嫌がらせしているつもりはない
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「お姉様……もう、許して……」
薄汚れた床に膝を付いて。
消え入るような声で許しを請い。
リリアンはマリアベルに深々と頭を下げた。
この苦痛の日々から解放してくれるのならば。
床に膝を付き頭を下げることくらい、リリアンにとっては大したことではなかったから。
――リリアンを救ったあの日から。
マリアベルは朝から晩まで時間の許す限り。
一人で生きていく為に必要な知識や教養、礼儀作法を朝から晩まで勉強嫌いのリリアンを捕まえて叩き込んだ。
それは今まで散々嫌がらせをされた事に対する報復の為や、婚約者を寝取られた事に対する復讐で預かったわけではなく完全に善意から来るもので。
勉強嫌いに勉強をさせて、嫌がらせがしたかった訳ではない。
本当は直ぐにでも教会に預けるように言われていたが、せめてハインツ子爵夫妻の処刑が終わるまでは傍にいてあげたいとマリアベルは国に無理を言ってリリアンを少しの間預かる事にした結果だった。
だが勉強嫌いのリリアンにとって朝から晩まで勉強をさせられるのは、ほぼ拷問で。
マリアベルの善意から来るそれは、リリアンにとってはありがた迷惑以外の何物でもなかった。
それにリリアンからすれば。
平民になるのだから、礼儀作法なんて出来ないままでも特に問題がないし。
一人で生きていくと言っても、教会に預けられるので食いっぱぐれるような事はないし。
どうしてこんな無駄な事をさせて来るのか、理解が出来ない。
だがマリアベルには命を助けられてしまっている手前、表立って反抗も出来ないし。
これまでの罪悪感から、大人しく言う事を聞く以外に選択肢がリリアンにはなくて。
もうこうなったら情に訴えかけるしかないと。
頭を深々と下げて、朝から晩までずっと勉強を教えてくるのはもう止めて欲しいと。
リリアンはマリアベルに懇願した。
「貴女なら絶対に出来るようになります! それに出来るまで私も付き合いますから、諦めないで頑張りましょうリリアン?」
「お、お姉様? いや、でも、あの……」
だがこの鈍感な姉は、リリアンの切実な願いに全く気が付かない。
仕事以外では鈍感で大らかな性格が、ここで発揮されてしまっていた。
そしてマリアベルは、床に座り込んだリリアンをゆっくりと立ち上がらせて。
近くにあった椅子に座らせる。
「心配しなくても大丈夫です! 誰だって初めは上手くいかないものですから。少しづつ学んでいけばいいのです、だからリリアン諦めないで?」
リリアンは諦めたいのに。
最初からやる気なんて更々ないのに。
マリアベルは『諦めないで』と優しく励ましてきて、……絶対に諦めさせてはくれなくて。
リリアンは正直あまり行きたくなかった教会に、預けられる日を指折り数えて待つことになった。
この姉といたら一生勉強させられる。
それなら教会で恵まれない人々を相手に、炊き出し等の奉仕活動をした方が幾分かマシ。
「……はい、頑張ります」
――そんなちぐはぐな姉妹二人を。
クロヴィスは陰ながら微笑ましく見守る。
ハインツ子爵夫妻の処刑が決まったと知らせたあの時、子爵夫妻が処刑されると聞いてもマリアベルは表情一つ変えなかった。
なのにリリアンの名を出した途端、話し合いの場に連れて行って欲しいと詰め寄られて驚かされた。
そして謁見の間に連れていけば。
国王相手にマリアベルは堂々と交渉し、颯爽とリリアンを処刑から救ってみせた。
その姿は大変勇ましく、クロヴィスは更にマリアベルの事が好きになったが。
……その話は今は置いておいて。
リリアンがマリアベルに今までどんな嫌がらせをしてきたのか直接聞いていたし、その様子を実際にクロヴィスは見たことがあって。
どうしてリリアンの事を助けるのかと、クロヴィスは疑問に思っていた。
それに助けた後も早く教会に預けてしまえばいいのにと、クロヴィスは思っていた。
……けれど。
楽しそうにリリアンの世話を焼くマリアベルを見ていると、なんとなく理解出来た。
血は繋がっていないし幼い頃から散々嫌がらせをされてきたとしても、マリアベルにとってリリアンは唯一無二の妹なのだろうと。
「……マリアベル?」
楽しそうに礼儀作法を教えるマリアベルに、クロヴィスは声を掛けた。
「クロヴィス様! いらっしゃってたのですね、すぐにお気付き出来ず申し訳ございません」
「いや大丈夫、今来た所だから」
「あ、少々お待ち下さい! 直ぐにお茶を入れて参ります!」
「いや、今は茶はいいよ。それよりもちょっと外に出かけないか? 妹も連れて」
お茶を入れに行こうとするマリアベルを、クロヴィスは手を引いて呼び止める。
「お出掛け、ですか……? リリアンも?」
「ああ、あの馬鹿の晒し刑が広場で始まるんだ……屋台も沢山出てるし」
「え……」
その言葉にマリアベルは一瞬表情を曇らせた。
今日それが行われるとマリアベル自身も知ってはいたが、敢えて知らないフリをしていた。
悪いのは完全にオズワルドなのだが。
あの一件により、自分に親切にしてくれていたラフォルグ侯爵夫妻が平民という身分に落とされてしまった。
それについて罪悪感を感じてしまっていたのだ、マリアベルはなにも悪くないのに。
そんなマリアベルの後ろから。
「……お姉様? 私も行っていいなら行きたいです。あのクズ野郎が晒される所、絶対に見たい」
冷ややかな笑みを浮かべて、連れて行って欲しいとリリアンは願ったのだった。
「お姉様……もう、許して……」
薄汚れた床に膝を付いて。
消え入るような声で許しを請い。
リリアンはマリアベルに深々と頭を下げた。
この苦痛の日々から解放してくれるのならば。
床に膝を付き頭を下げることくらい、リリアンにとっては大したことではなかったから。
――リリアンを救ったあの日から。
マリアベルは朝から晩まで時間の許す限り。
一人で生きていく為に必要な知識や教養、礼儀作法を朝から晩まで勉強嫌いのリリアンを捕まえて叩き込んだ。
それは今まで散々嫌がらせをされた事に対する報復の為や、婚約者を寝取られた事に対する復讐で預かったわけではなく完全に善意から来るもので。
勉強嫌いに勉強をさせて、嫌がらせがしたかった訳ではない。
本当は直ぐにでも教会に預けるように言われていたが、せめてハインツ子爵夫妻の処刑が終わるまでは傍にいてあげたいとマリアベルは国に無理を言ってリリアンを少しの間預かる事にした結果だった。
だが勉強嫌いのリリアンにとって朝から晩まで勉強をさせられるのは、ほぼ拷問で。
マリアベルの善意から来るそれは、リリアンにとってはありがた迷惑以外の何物でもなかった。
それにリリアンからすれば。
平民になるのだから、礼儀作法なんて出来ないままでも特に問題がないし。
一人で生きていくと言っても、教会に預けられるので食いっぱぐれるような事はないし。
どうしてこんな無駄な事をさせて来るのか、理解が出来ない。
だがマリアベルには命を助けられてしまっている手前、表立って反抗も出来ないし。
これまでの罪悪感から、大人しく言う事を聞く以外に選択肢がリリアンにはなくて。
もうこうなったら情に訴えかけるしかないと。
頭を深々と下げて、朝から晩までずっと勉強を教えてくるのはもう止めて欲しいと。
リリアンはマリアベルに懇願した。
「貴女なら絶対に出来るようになります! それに出来るまで私も付き合いますから、諦めないで頑張りましょうリリアン?」
「お、お姉様? いや、でも、あの……」
だがこの鈍感な姉は、リリアンの切実な願いに全く気が付かない。
仕事以外では鈍感で大らかな性格が、ここで発揮されてしまっていた。
そしてマリアベルは、床に座り込んだリリアンをゆっくりと立ち上がらせて。
近くにあった椅子に座らせる。
「心配しなくても大丈夫です! 誰だって初めは上手くいかないものですから。少しづつ学んでいけばいいのです、だからリリアン諦めないで?」
リリアンは諦めたいのに。
最初からやる気なんて更々ないのに。
マリアベルは『諦めないで』と優しく励ましてきて、……絶対に諦めさせてはくれなくて。
リリアンは正直あまり行きたくなかった教会に、預けられる日を指折り数えて待つことになった。
この姉といたら一生勉強させられる。
それなら教会で恵まれない人々を相手に、炊き出し等の奉仕活動をした方が幾分かマシ。
「……はい、頑張ります」
――そんなちぐはぐな姉妹二人を。
クロヴィスは陰ながら微笑ましく見守る。
ハインツ子爵夫妻の処刑が決まったと知らせたあの時、子爵夫妻が処刑されると聞いてもマリアベルは表情一つ変えなかった。
なのにリリアンの名を出した途端、話し合いの場に連れて行って欲しいと詰め寄られて驚かされた。
そして謁見の間に連れていけば。
国王相手にマリアベルは堂々と交渉し、颯爽とリリアンを処刑から救ってみせた。
その姿は大変勇ましく、クロヴィスは更にマリアベルの事が好きになったが。
……その話は今は置いておいて。
リリアンがマリアベルに今までどんな嫌がらせをしてきたのか直接聞いていたし、その様子を実際にクロヴィスは見たことがあって。
どうしてリリアンの事を助けるのかと、クロヴィスは疑問に思っていた。
それに助けた後も早く教会に預けてしまえばいいのにと、クロヴィスは思っていた。
……けれど。
楽しそうにリリアンの世話を焼くマリアベルを見ていると、なんとなく理解出来た。
血は繋がっていないし幼い頃から散々嫌がらせをされてきたとしても、マリアベルにとってリリアンは唯一無二の妹なのだろうと。
「……マリアベル?」
楽しそうに礼儀作法を教えるマリアベルに、クロヴィスは声を掛けた。
「クロヴィス様! いらっしゃってたのですね、すぐにお気付き出来ず申し訳ございません」
「いや大丈夫、今来た所だから」
「あ、少々お待ち下さい! 直ぐにお茶を入れて参ります!」
「いや、今は茶はいいよ。それよりもちょっと外に出かけないか? 妹も連れて」
お茶を入れに行こうとするマリアベルを、クロヴィスは手を引いて呼び止める。
「お出掛け、ですか……? リリアンも?」
「ああ、あの馬鹿の晒し刑が広場で始まるんだ……屋台も沢山出てるし」
「え……」
その言葉にマリアベルは一瞬表情を曇らせた。
今日それが行われるとマリアベル自身も知ってはいたが、敢えて知らないフリをしていた。
悪いのは完全にオズワルドなのだが。
あの一件により、自分に親切にしてくれていたラフォルグ侯爵夫妻が平民という身分に落とされてしまった。
それについて罪悪感を感じてしまっていたのだ、マリアベルはなにも悪くないのに。
そんなマリアベルの後ろから。
「……お姉様? 私も行っていいなら行きたいです。あのクズ野郎が晒される所、絶対に見たい」
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