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50 情けないことこの上ない
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国王必死の懇願に。
アウラ外交使節団歓迎の晩餐会が開かれていた王宮大広間は、水を打ったようにシン……と静まり返った。
「『お願いします』って陛下……」
それは王としての威厳だとかカリスマ性だとか、そういったものを感じ、畏怖の念から静まり返ったものではもちろんなくて。
国王シュナイゼルの王らしからぬ必死の懇願に、そこに居合わせた者達は唖然としてしまい。
誰も彼も呆れてものが言えなくなってしまった、というだけのことである。
まさか一国の王が臣下に対し、止めろと命令を下すのではなく。
『許して』だとか『お願いします』なんて宣うとは、常識的に考えて誰も思わなかった。
なのにこの王は言った、それを言ってしまった。
それも外交の場で、恥ずかしげもなく。
そしてその場に居合わせた臣下達は。
これが自分の仕える王だと思うと、恥ずかしくて情けないような気持ちになった。
いっそのこと暴君だった方が、幾分かマシな気さえしてくる始末で。
ガックリと肩の力を落とした。
……まあ、ただ幸いなことに。
大使キルデリク以外の外交官達はこの国の言葉があまり得意ではなくて、国王シュナイゼルの言葉を理解する事が出来なかった。
そして唯一こちら側の言葉が得意で理解する事の出来る大使キルデリクは、フォンテーヌ公爵への恐怖でそれどころではなかった。
なので不幸中の幸いではあるが。
国王シュナイゼルの王としての失言、というか醜態は隣国アウラに伝わらないで済んだ。
……が、その場に居合わせてしまった自国の大臣や騎士等にはバッチリとその発言を聞かれているし。
フォンテーヌ公爵に懇願する情けない姿は、しっかりと見られているので。
国王シュナイゼルの王としての威厳は、この一言により完璧に地に落ちてしまった。
「フォンテーヌ公爵……この場はわたくしの顔に免じて矛を収めてくださいませ」
「王妃、それは構いませんが……」
コレどうする気だ? と、いった雰囲気で。
フォンテーヌ公爵は、アウラの大使キルデリクと国王シュナイゼルを交互に見た。
大使キルデリクについては、アウラ側に事の経緯を全て報告しその後は任せればいい。
アイリスに対する侮辱的な態度。
それからマリアベルの婚約者クロヴィスに対し、他国の国家権力を使い脅して別れさせようとしていたと伝えれば。
きっと女王エレノアの事だ、大使キルデリクを処分してくれるだろう。
だが国王は、どうするつもりなのかと王妃アイリーンに視線を移す。
「……あとで、わからせます」
そう言って優雅に扇を広げ口元を隠し、王妃アイリーンはにっこりと微笑む。
その笑顔は完璧、だが目は全く笑っていない。
よっぽど腹が立っているらしい。
「そうですか、ならばこの件は王妃にお任せましょう。ですが貸し一つですよ?」
「ええ、それはもちろん。わかっておりますわ、フォンテーヌ公爵」
アウラの大使については未だに腹が立つが、王家に貸しを作ることは自体は別に悪いことではない。
それにフォンテーヌ公爵自身、ここで大使の首を切り落とし処刑するつもりは初めからなかった。
国王シュナイゼルはフォンテーヌ公爵がこの場で大使を処刑すると勘違いしていたみたいだが。
この晩餐会を血の海にするつもりは、フォンテーヌ公爵にはない。
フォンテーヌ公爵は警告しただけ。
よからぬ事を企めばその命はないぞと、大使を脅していただけに過ぎなかったのだ。
そう、なぜならばここにはフォンテーヌ公爵が日々溺愛する妻のアイリスがいる。
そんな凄惨な現場を、妻アイリスの視界には絶対に入れたくないのだ。
◇◇◇
――そんな光景を、少し開いた扉の隙間から覗く三つの人影。
それはこの国の第一王子レオンハルトとその側近クロヴィス、そして問題の中心となったマリアベルの三人で。
「……なあ、レオンハルト」
「なんだい、クロヴィス」
「お前もう、王位継承して即位したら……?」
その言葉に第一王子レオンハルトは乾いた笑いを発し、クロヴィスから視線を逸らした。
「……まだ、もう少し自由でいたい」
ポツリと本音を漏らす。
レオンハルト自身わかってはいる。
あの父親に、国をこのまま任せていたら色々と不味いということは。
でもまだレオンハルトは十七歳。
国を、国民の命をその身に背負う自信がまだ出来ていないのだ。
だが扉の隙間から見えた父親の残念な姿。
都合が悪くなれば簡単に意見を変えて掌返し。
それに加え、臣下であるはずのフォンテーヌ公爵とは上下関係が完全に逆転していて。
……情けないことこの上ない。
「レオンハルト第一王子殿下、そんなお顔なさらないでくださいませ? クロヴィス様もきっと殿下なら立派な王になれると思って言っただけですよ」
「ああ、わかってるよマリアベル。でもまだ……」
「あまり難しく考えるなよレオンハルト、お前が王になったら俺が側近として支えるから」
「うん、それは頼りにしてるよクロヴィス。でもフォンテーヌ公爵夫人に来て貰えるなんて、驚いたね?」
「あー……フォンテーヌ公爵夫人はマリアベルの本当の母親、女王エレノア陛下の友人だからな。この状況を知って来てくれたみたいだ」
「そう、なのですね。後でフォンテーヌ公爵夫人にお礼を申し上げなくては……」
本当の母親の友人、その言葉にマリアベルは感慨深そうな顔をして微笑む。
フォンテーヌ公爵夫人は本当の母の友人。
母エレノアがどんな人なのか彼女から聞けるだろうかと、マリアベルは少し期待した。
「それにしてもフォンテーヌ公爵、めちゃくちゃかっこいいな……!? いつも仏頂面で国王陛下の横に突っ立ってる姿しか見た事なかったけど」
「あー……うん、そうだね。どっかの誰かさんとは違って、確かにあの人はかっこいいよ。優秀だしね」
「元気だせよレオンハルト。大丈夫、お前は王妃殿下の方に似てるから」
「……うん、知ってる。それがまだ救い」
国王必死の懇願に。
アウラ外交使節団歓迎の晩餐会が開かれていた王宮大広間は、水を打ったようにシン……と静まり返った。
「『お願いします』って陛下……」
それは王としての威厳だとかカリスマ性だとか、そういったものを感じ、畏怖の念から静まり返ったものではもちろんなくて。
国王シュナイゼルの王らしからぬ必死の懇願に、そこに居合わせた者達は唖然としてしまい。
誰も彼も呆れてものが言えなくなってしまった、というだけのことである。
まさか一国の王が臣下に対し、止めろと命令を下すのではなく。
『許して』だとか『お願いします』なんて宣うとは、常識的に考えて誰も思わなかった。
なのにこの王は言った、それを言ってしまった。
それも外交の場で、恥ずかしげもなく。
そしてその場に居合わせた臣下達は。
これが自分の仕える王だと思うと、恥ずかしくて情けないような気持ちになった。
いっそのこと暴君だった方が、幾分かマシな気さえしてくる始末で。
ガックリと肩の力を落とした。
……まあ、ただ幸いなことに。
大使キルデリク以外の外交官達はこの国の言葉があまり得意ではなくて、国王シュナイゼルの言葉を理解する事が出来なかった。
そして唯一こちら側の言葉が得意で理解する事の出来る大使キルデリクは、フォンテーヌ公爵への恐怖でそれどころではなかった。
なので不幸中の幸いではあるが。
国王シュナイゼルの王としての失言、というか醜態は隣国アウラに伝わらないで済んだ。
……が、その場に居合わせてしまった自国の大臣や騎士等にはバッチリとその発言を聞かれているし。
フォンテーヌ公爵に懇願する情けない姿は、しっかりと見られているので。
国王シュナイゼルの王としての威厳は、この一言により完璧に地に落ちてしまった。
「フォンテーヌ公爵……この場はわたくしの顔に免じて矛を収めてくださいませ」
「王妃、それは構いませんが……」
コレどうする気だ? と、いった雰囲気で。
フォンテーヌ公爵は、アウラの大使キルデリクと国王シュナイゼルを交互に見た。
大使キルデリクについては、アウラ側に事の経緯を全て報告しその後は任せればいい。
アイリスに対する侮辱的な態度。
それからマリアベルの婚約者クロヴィスに対し、他国の国家権力を使い脅して別れさせようとしていたと伝えれば。
きっと女王エレノアの事だ、大使キルデリクを処分してくれるだろう。
だが国王は、どうするつもりなのかと王妃アイリーンに視線を移す。
「……あとで、わからせます」
そう言って優雅に扇を広げ口元を隠し、王妃アイリーンはにっこりと微笑む。
その笑顔は完璧、だが目は全く笑っていない。
よっぽど腹が立っているらしい。
「そうですか、ならばこの件は王妃にお任せましょう。ですが貸し一つですよ?」
「ええ、それはもちろん。わかっておりますわ、フォンテーヌ公爵」
アウラの大使については未だに腹が立つが、王家に貸しを作ることは自体は別に悪いことではない。
それにフォンテーヌ公爵自身、ここで大使の首を切り落とし処刑するつもりは初めからなかった。
国王シュナイゼルはフォンテーヌ公爵がこの場で大使を処刑すると勘違いしていたみたいだが。
この晩餐会を血の海にするつもりは、フォンテーヌ公爵にはない。
フォンテーヌ公爵は警告しただけ。
よからぬ事を企めばその命はないぞと、大使を脅していただけに過ぎなかったのだ。
そう、なぜならばここにはフォンテーヌ公爵が日々溺愛する妻のアイリスがいる。
そんな凄惨な現場を、妻アイリスの視界には絶対に入れたくないのだ。
◇◇◇
――そんな光景を、少し開いた扉の隙間から覗く三つの人影。
それはこの国の第一王子レオンハルトとその側近クロヴィス、そして問題の中心となったマリアベルの三人で。
「……なあ、レオンハルト」
「なんだい、クロヴィス」
「お前もう、王位継承して即位したら……?」
その言葉に第一王子レオンハルトは乾いた笑いを発し、クロヴィスから視線を逸らした。
「……まだ、もう少し自由でいたい」
ポツリと本音を漏らす。
レオンハルト自身わかってはいる。
あの父親に、国をこのまま任せていたら色々と不味いということは。
でもまだレオンハルトは十七歳。
国を、国民の命をその身に背負う自信がまだ出来ていないのだ。
だが扉の隙間から見えた父親の残念な姿。
都合が悪くなれば簡単に意見を変えて掌返し。
それに加え、臣下であるはずのフォンテーヌ公爵とは上下関係が完全に逆転していて。
……情けないことこの上ない。
「レオンハルト第一王子殿下、そんなお顔なさらないでくださいませ? クロヴィス様もきっと殿下なら立派な王になれると思って言っただけですよ」
「ああ、わかってるよマリアベル。でもまだ……」
「あまり難しく考えるなよレオンハルト、お前が王になったら俺が側近として支えるから」
「うん、それは頼りにしてるよクロヴィス。でもフォンテーヌ公爵夫人に来て貰えるなんて、驚いたね?」
「あー……フォンテーヌ公爵夫人はマリアベルの本当の母親、女王エレノア陛下の友人だからな。この状況を知って来てくれたみたいだ」
「そう、なのですね。後でフォンテーヌ公爵夫人にお礼を申し上げなくては……」
本当の母親の友人、その言葉にマリアベルは感慨深そうな顔をして微笑む。
フォンテーヌ公爵夫人は本当の母の友人。
母エレノアがどんな人なのか彼女から聞けるだろうかと、マリアベルは少し期待した。
「それにしてもフォンテーヌ公爵、めちゃくちゃかっこいいな……!? いつも仏頂面で国王陛下の横に突っ立ってる姿しか見た事なかったけど」
「あー……うん、そうだね。どっかの誰かさんとは違って、確かにあの人はかっこいいよ。優秀だしね」
「元気だせよレオンハルト。大丈夫、お前は王妃殿下の方に似てるから」
「……うん、知ってる。それがまだ救い」
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