妹に婚約者を結婚間近に奪われ(寝取られ)ました。でも奪ってくれたおかげで私はいま幸せです。

千紫万紅

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48 掌返し

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 フォンテーヌ公爵夫人の到着に、顔色を悪くして苦笑いを浮かべた国王シュナイゼル。
 
 それもまた然り。
 社交界に全く出て来ないからその存在をすっかり忘れてしまっていたが、フォンテーヌ公爵夫人はアウラ女王自身が親友だと公言する貴婦人。 
 そんな貴婦人がアイリーンの味方に付いたということは、今までとは状況が一転したということ。
 
 ……つまり。
 これ迄はアウラ大使に配慮してクロヴィスとマリアベルを別れさせようとしていた国王だが、これからは大きくその方針を変更しなければいけない。

 それに加えこのフォンテーヌ公爵夫人は。 
 現在シュナイゼルの後方で護衛として控える近衛騎士隊の隊長ラファエル・フォンテーヌが溺愛して止まない妻としてこれまた社交界では有名。

 彼女に下手な事を言ったりしたりすれば。
 この騎士は国王だろうと、なにをしてくるかわかったもんじゃない。
 
 以前彼女に不埒な真似をした者はフォンテーヌ公爵自らの手で足腰が立たなくなるまで制裁を受けて、最終的には家門もろとも潰された。
 
 そしてその制裁の現場にシュナイゼルは無理矢理立ち会わされて、フォンテーヌ公爵という自分の護衛騎士の事が大層苦手になった。

 だからアウラの女王の親友だというその立場に関係なく、国王シュナイゼルが怒らせたくない相手。

 それが目の前のフォンテーヌ公爵夫人、そして自分の後ろに無言で控えるフォンテーヌ公爵なのだ。
  
 ……ということで。

「フォンテーヌ公爵夫人、お久しぶりです。元気にしておられましたか? 公爵に聞いても貴女の事は全然教えてくれなくて……」

『馬に蹴られて死ね』とフォンテーヌ公爵夫人が自分に言った事については全て無かった事にして。
 完全に下手に出た国王シュナイゼル。

 ただでさえ王妃には離婚するとまで脅されて怒られているし、息子にも継承権を放棄するとか無能だとか罵られて家庭内での立場がない。
 
 なのにこの貴婦人まで怒らせると色々と不味い。

 このままでは冗談じゃなく、王座から引き摺り下ろされて断頭台に自分の首がかけられかねない。

 だがフォンテーヌ公爵夫人からの返答はない、シュナイゼルは完全に敵視されてしまっている。

「あら、シュナイゼルどうしたの。もう悪巧みはしないのかしら?」

 そんな国王に王妃が話し掛けるがそれは別に助け舟などではない、更なる追撃の為。
 一度くらい痛い目をこの馬鹿夫に見させてやらないと、アイリーンの気が収まらないのだ。
 
「アイリーン!? 悪巧みだなんてそんな……この私がいつしたと? 酷い言い掛かりはよしてくれ」

「すっとぼけるつもりですの? 先ほど大使の方と『彼と話しをする』と言っていたじゃありませんか。あれ……脅すつもりでございましょう?」

「っ……いやいや! 本当に話をするだけだよ? 突然の婚約で私は何も知らされていないからね。事実関係を聞こうと……ほら、こっちの人間と結婚するとなると色々手続きもあるから、うん」

「へえ……事実関係を聞くだけ、ねぇ?」

 フォンテーヌ公爵夫人の登場に、すっとぼけ始めた国王シュナイゼル。
 そうは問屋が卸さないと、王妃アイリーンは追撃の手を緩めない。
 が、なんやかんやと言い逃れをする国王。
 
「国王、それはどういう事です? 貴方はその男と彼女の結婚を認められるおつもりですか」
 
 そんな国王へと刺さる視線と責めるような声。
 それはアウラの大使、キルデリク・アブラームから発せられるもので。

「大使……彼女の結婚について私は口出しが出来る立場にはない。教会がそれを認めたので」

「……ほう?」
 
「それにこちらとしては最初からアウラ女王と彼女の意思に任せるつもりでしたし! ただ我が国の者と結婚したいというのは誠に喜ばしく……」

 掌を返すとは正にこの事。
 ひょいっと掌を返した国王シュナイゼルは、笑顔でそうアウラの大使に言って退けた。

「それがこの国の判断だという事で、国王は本当にいいんですね?」

「ええ、これが我が国の判断です。そう女王にお伝えください」

「……わかりました、必ずお伝えしましょう」

「ええ、お伝えください」

 淡々とした会話。
 表情こそ国王も大使もにこやかだが両者共にその声音は酷く冷たいもので、二人の仲は完全に決裂してしまったらしく大使の機嫌は見るからに悪くなった。

 不機嫌を隠そうともしない大使。
 だが何か良いことでも思いついたのか、急に一点を見つめてニヤリと笑った。

 そしてそんな大使の視線の先にいたのは、フォンテーヌ公爵夫人で。
  
「……そこの貴女、さっきからその態度はなんですか? 私はアウラの大使ですよ、無礼です。ほらこちらに来て謝罪しなさい」

 大使はフォンテーヌ公爵夫人が来てから場の雰囲気変わった事を逆恨みでもしたのか、謝罪を求めた。

 それにそのフォンテーヌ公爵夫人に向ける視線は厭らしく性的なもので、明らかに彼女を見下して侮辱していた。

 確かにフォンテーヌ公爵夫人は美人だしその愛らしい容姿は男達の庇護欲を唆り、夜会に出れば視線を集めてしまうような貴婦人。

 だがその視線は許されるものではい、それがいくらアウラの大使といえども。
 決して許されはしないのだ。

 ――そう、特にこの場では。
 この場にはフォンテーヌ公爵夫人の夫がいる、そしてその夫はただそこにいるわけではない。

 不埒な者が溺愛する妻に良からぬ事を企てないように仕事そっちのけで、じっ……と見張っているのである。

 そしてその夫が。
 フォンテーヌ公爵がいるのは国王と大使の直ぐ後ろ、大使の言動がよく見えてよく聞こえる特等席。
 
「……大使、うちの妻になにか?」

 その声に大使が振り向けば。
 猛禽類を彷彿とさせるような金色の瞳が、静かに大使を見下ろしていた。
 
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