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36 癒えない傷と、胸の高鳴り
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「王妃殿下よりウエディングドレスの採寸をなさるようにと承っております。ささ……こちちへどうぞお嬢様」
「はい、よろしくお願い致します」
衣装店のマダムに案内された月光宮にある客室で、ウエディングドレスの採寸をマリアベルは受ける。
だが採寸されるマリアベルのその表情はどこか暗く、なにか考え込むように心ここにあらず。
そんなマリアベルの暗く沈んだ様子に、衣装店のマダムはどうしたのかと首を傾げる。
それもまた然り。
マダムがこれまで出会ってきたご令嬢達はウエディングドレスの採寸ともなれば、貴族令嬢としての人生の晴れの舞台である結婚式にその小さな胸を高鳴らせて皆明るい表情を見せてきたのだから。
だがこの暗い表情もまた仕方のないことで。
マリアベルにはまだ、クロヴィスと結婚をするという覚悟が出来てないのだから。
別にクロヴィスとの結婚が嫌とかそういった気持ちの問題などではなく、誰かをまた信じて結婚するという覚悟がマリアベルにはまだ出来ていない。
それにどんなに愛してると口で言っていたとしても、人の心は移ろいやすく変化しやすいもの。
流されるまま結婚の承諾をしてしまったけれど、また裏切られてしまったら?
またいらいないと言われ捨てられてしまったら?
そんな良くない考えばかりが、頭の中に浮かんでは消えていく。
それに一時の感情だけでまた結婚を決めてしまっても本当にいいのだろうかと、マリアベルは浮かない顔で物思いに耽る。
「はい、採寸が終わりましたよ。お嬢様はすらりとしていらっしゃるから、きっとこのウエディングドレスとてもお似合いになるでしょうね」
「はい、ありがとうございます……」
「……お嬢様? 差し出がましいかもしれませんが、何か悩みがあるならば婚約者の方に打ち明けられるのも良いかと存じますよ?」
「え……」
「おひとりで悩んでいてもなにも良い考えが浮かばないならば、これから共に人生を歩まれる大切な方にご相談するのもいいかもしれません」
「そう、ですね……そうかもしれません」
婚約者、そのなんでもない言葉がマリアベルの胸に鉛のように重くのしかかる。
おそらくいつも気楽に優しく接してくれるクロヴィスの事をマリアベルは、好きになりかけている。
けれどまだその気持ちを受け入れられるほど、オズワルドに傷付けられた心の傷は癒えていない。
マダムに礼を述べて足早に部屋を出るマリアベル、そして月光宮から出ようと出口へと急ぎ向かえば。
――そこには。
「あれ、マリアベル?」
「あ、レオンハルト殿下……と、クロヴィス様」
「まだ戻っていなかったの?」
「はい……王妃殿下からのご用命がごさいまして。今から戻る所でした」
ウエディングドレスの採寸をしていたとは、マリアベルは何故か言葉が出てはこない。
別に隠すような事でもないし、ここにレオンハルト第一王子がいるということは王妃と話したということでそれを知っていてもなにもおかしくはない。
「そう……? じゃあ私はまだこの月光宮に用事があるからクロヴィス、マリアベルを部屋まで送って行ってあげて。もう外も暗いし」
「え、いえ私はそんな、わざわざ部屋まで送って頂くなんて! 王宮内は夜でも明るいですし、それに部屋も近いですし……」
「……ああ、わかった。部屋まで送ろう」
「マリアベル良かったね、送って行ってくれるって! じゃあクロヴィスあとはくれぐれもよろしく! では私はこれで!」
「えっ、レオンハルト殿下!?」
小走りでエントランスホールから月光宮の中へと消えて行くレオンハルト第一王子、その後を護衛の騎士が足場に追いかけていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると。
「じゃあマリアベル、行こうか?」
「……はい、よろしくお願いします」
エスコートをする為にスっと差し出されたクロヴィスの逞しい腕、それに少し戸惑いながらもマリアベルは腕を絡ませる。
四つも年下でずっと子どもだと思っていたが逞しく鍛えられた腕、いつの間にこんなに鍛えたのか。
普段のクロヴィスは宰相の手伝いで机仕事ばかり、そんな時間はないはずなのに。
「あのさ……マリアベル、俺としてはすごくすごく嬉しいんだけど、ここで撫でるのはちょっと……あの……」
「あっ、すいません、つい!」
いつの間にかその逞しい腕をマリアベルは愛でるように撫でてしまっていたらしく、クロヴィスは困ったような顔をする。
「俺の腕、そんなに気に入ってくれた?」
「え、っと……逞しいなと、いつの間にこんなに鍛えられていたのです? 昔はもっと細かったような」
「マリアベルに男として見てもらう為に鍛えてた! それに好きな女くらい自分の腕で守りたいだろ」
「え……好きな女」
「そして俺の好きな女っていうのはマリアベルだから、もう知ってるとは思うけど」
「っあの、私やっぱり……!」
『やっぱり結婚は無かった事に』
そう告げようとすれば、クロヴィスにマリアベルは腕の中に抱き寄せられて。
それ以上は何も言えなくされてしまう。
「マリアベル? 今は俺の事好きじゃなくても絶対に惚れさせるから。あと結婚の承諾取り下げるってのは……無しな?」
「クロヴィス様……」
囁くように耳元で告げるクロヴィス。
その掠れた声に、マリアベルの胸が打ちつけるように激しく高鳴る。
そしてクロヴィスの腕の中からゆっくりと解放されると、少し寂しいような気持ちになった。
「じゃあ……部屋にも着いた事だし、俺は帰る!」
「え? お茶は飲んで行かれないのですか」
いつもなら『マリアベルお茶いれて』と言って勝手に部屋に入って寛いで行くのに、今日はどうしたのかと首をかしげる。
「……送り狼になってマリアベルを傷付けたくないし、お前も俺に襲われたくはないだろ?」
「え……」
「友達は終わり、これからは男として接するから……マリアベルも覚悟しといて?」
それだけ言い残して一人去って行くクロヴィス、その後ろ姿をマリアベルはただ見詰めていた。
「王妃殿下よりウエディングドレスの採寸をなさるようにと承っております。ささ……こちちへどうぞお嬢様」
「はい、よろしくお願い致します」
衣装店のマダムに案内された月光宮にある客室で、ウエディングドレスの採寸をマリアベルは受ける。
だが採寸されるマリアベルのその表情はどこか暗く、なにか考え込むように心ここにあらず。
そんなマリアベルの暗く沈んだ様子に、衣装店のマダムはどうしたのかと首を傾げる。
それもまた然り。
マダムがこれまで出会ってきたご令嬢達はウエディングドレスの採寸ともなれば、貴族令嬢としての人生の晴れの舞台である結婚式にその小さな胸を高鳴らせて皆明るい表情を見せてきたのだから。
だがこの暗い表情もまた仕方のないことで。
マリアベルにはまだ、クロヴィスと結婚をするという覚悟が出来てないのだから。
別にクロヴィスとの結婚が嫌とかそういった気持ちの問題などではなく、誰かをまた信じて結婚するという覚悟がマリアベルにはまだ出来ていない。
それにどんなに愛してると口で言っていたとしても、人の心は移ろいやすく変化しやすいもの。
流されるまま結婚の承諾をしてしまったけれど、また裏切られてしまったら?
またいらいないと言われ捨てられてしまったら?
そんな良くない考えばかりが、頭の中に浮かんでは消えていく。
それに一時の感情だけでまた結婚を決めてしまっても本当にいいのだろうかと、マリアベルは浮かない顔で物思いに耽る。
「はい、採寸が終わりましたよ。お嬢様はすらりとしていらっしゃるから、きっとこのウエディングドレスとてもお似合いになるでしょうね」
「はい、ありがとうございます……」
「……お嬢様? 差し出がましいかもしれませんが、何か悩みがあるならば婚約者の方に打ち明けられるのも良いかと存じますよ?」
「え……」
「おひとりで悩んでいてもなにも良い考えが浮かばないならば、これから共に人生を歩まれる大切な方にご相談するのもいいかもしれません」
「そう、ですね……そうかもしれません」
婚約者、そのなんでもない言葉がマリアベルの胸に鉛のように重くのしかかる。
おそらくいつも気楽に優しく接してくれるクロヴィスの事をマリアベルは、好きになりかけている。
けれどまだその気持ちを受け入れられるほど、オズワルドに傷付けられた心の傷は癒えていない。
マダムに礼を述べて足早に部屋を出るマリアベル、そして月光宮から出ようと出口へと急ぎ向かえば。
――そこには。
「あれ、マリアベル?」
「あ、レオンハルト殿下……と、クロヴィス様」
「まだ戻っていなかったの?」
「はい……王妃殿下からのご用命がごさいまして。今から戻る所でした」
ウエディングドレスの採寸をしていたとは、マリアベルは何故か言葉が出てはこない。
別に隠すような事でもないし、ここにレオンハルト第一王子がいるということは王妃と話したということでそれを知っていてもなにもおかしくはない。
「そう……? じゃあ私はまだこの月光宮に用事があるからクロヴィス、マリアベルを部屋まで送って行ってあげて。もう外も暗いし」
「え、いえ私はそんな、わざわざ部屋まで送って頂くなんて! 王宮内は夜でも明るいですし、それに部屋も近いですし……」
「……ああ、わかった。部屋まで送ろう」
「マリアベル良かったね、送って行ってくれるって! じゃあクロヴィスあとはくれぐれもよろしく! では私はこれで!」
「えっ、レオンハルト殿下!?」
小走りでエントランスホールから月光宮の中へと消えて行くレオンハルト第一王子、その後を護衛の騎士が足場に追いかけていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると。
「じゃあマリアベル、行こうか?」
「……はい、よろしくお願いします」
エスコートをする為にスっと差し出されたクロヴィスの逞しい腕、それに少し戸惑いながらもマリアベルは腕を絡ませる。
四つも年下でずっと子どもだと思っていたが逞しく鍛えられた腕、いつの間にこんなに鍛えたのか。
普段のクロヴィスは宰相の手伝いで机仕事ばかり、そんな時間はないはずなのに。
「あのさ……マリアベル、俺としてはすごくすごく嬉しいんだけど、ここで撫でるのはちょっと……あの……」
「あっ、すいません、つい!」
いつの間にかその逞しい腕をマリアベルは愛でるように撫でてしまっていたらしく、クロヴィスは困ったような顔をする。
「俺の腕、そんなに気に入ってくれた?」
「え、っと……逞しいなと、いつの間にこんなに鍛えられていたのです? 昔はもっと細かったような」
「マリアベルに男として見てもらう為に鍛えてた! それに好きな女くらい自分の腕で守りたいだろ」
「え……好きな女」
「そして俺の好きな女っていうのはマリアベルだから、もう知ってるとは思うけど」
「っあの、私やっぱり……!」
『やっぱり結婚は無かった事に』
そう告げようとすれば、クロヴィスにマリアベルは腕の中に抱き寄せられて。
それ以上は何も言えなくされてしまう。
「マリアベル? 今は俺の事好きじゃなくても絶対に惚れさせるから。あと結婚の承諾取り下げるってのは……無しな?」
「クロヴィス様……」
囁くように耳元で告げるクロヴィス。
その掠れた声に、マリアベルの胸が打ちつけるように激しく高鳴る。
そしてクロヴィスの腕の中からゆっくりと解放されると、少し寂しいような気持ちになった。
「じゃあ……部屋にも着いた事だし、俺は帰る!」
「え? お茶は飲んで行かれないのですか」
いつもなら『マリアベルお茶いれて』と言って勝手に部屋に入って寛いで行くのに、今日はどうしたのかと首をかしげる。
「……送り狼になってマリアベルを傷付けたくないし、お前も俺に襲われたくはないだろ?」
「え……」
「友達は終わり、これからは男として接するから……マリアベルも覚悟しといて?」
それだけ言い残して一人去って行くクロヴィス、その後ろ姿をマリアベルはただ見詰めていた。
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