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27 丁寧な謝罪
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十八歳、待ちに待った成人を迎えたあの日。
私は辺境にある子爵家をトランク一つに荷物をまとめ、家族から逃げ出すように家を出ました。
誰に見送られることもなく。
たった一人、馬車の旅路は寂しくないと言ったら嘘でしたが何故か不安は全くありませんでした。
そして馬車で二日かけてようやく辿り着いた王都、そこは右も左も分からない大都会。
ここには頼れるような親族はおらず、これからは一人自立して生きていくしかありません。
ですが以前子爵家に、家庭教師に来て下さった先生がお手紙を私宛にくださって。
今は未亡人となられ、王都の教会に身を寄せていらっしゃるとの事。
そしてそのお手紙には。
『もし何か王都に来るような用事があれば、教会を訪ねていらっしゃい。貴女なら皆歓迎します』
と、綴られておりました。
私はその手紙を頼りに、王都にやって来て直ぐ教会を訪問致しました。
そして訪れれば先生だけでなく教会の皆様が大変温かく歓迎してくださり、王宮で働き始める日までの期間を教会に居られるように取り計らって頂きました。
ほんの少しの期間でしたが教会でお世話になる事になって、その間よくお話をさせて頂きましたのが。
いま私の目の前で、いつものように朗らかに微笑まれます。
『大丈夫、私が全部いいようにしてやる。この爺にまかせなさい!』
と、おっしゃった神父様でございます。
これ以上教会の方に私事でご迷惑をおかけするような事はしたくないのですが、神父様のその声は有無を言わさないような迫力。
「あ……はい?」
……つい承諾してしまいました。
「いやはやそれにしても……みんな威勢が良くて元気じゃの? 最近の社交界はこれが流行りというやつかクロヴィス」
「いえ、そういった『流行り』を私は聞いたことがありません。ここにいる方々だけでしょう」
「……なんだそうか? ずっと教会に篭っておったから、ちょいと世間の流行りに疎くなってしまったのかと思って心配になっておったわ!」
神父様のその言葉をお聞きした方々は、途端に顔色を悪くされてすぐにお静かになりました。
皆様神父様のお言葉でやっと気が付いたのでしょう、自分達がいかに無作法な振る舞いをしていたのか。
神聖な教会の前でこんな騒ぎを起こすなんて。
民達のお手本となるべき貴族として以前に、成人した大人としてありえない恥ずべき行為。
ですが流石は神父様でございます。
道を外れてしまった人々に、正しい道をこんなにも早く教えて差し上げるなんて。
これ以上ご迷惑をお掛けしたくはありませんでしたが、神父様にお任せして正解でございました。
ですが……ちょっと皆様の顔色が悪すぎではございませんでしょうか?
まるで土のようでございますし、一部の方は泡を吹いて今にも倒れてしまいそう。
「も……申し訳ございません!」
ラフォルグ侯爵様が羽交い締めにして抑えつけていたオズワルド様の顔を石畳の地面に擦り付けるようにしながら、神父様に謝罪されます。
「ああラフォルグか。お主も元気の良い妻と息子を持って忙しいのぉ? 城で騎士をしている時は暇そうだったのに……」
「家人の非礼並びにこの不始末、陛下にはお詫びのしようがございません。この責任全て私の不徳の致すところでございまして……」
「……ラフォルグ、お前は何か勘違いをしていないか? 確かに教会の扉をドカドカと好き勝手に突然叩かれて中にいた者達は大層怯えてしまっておるし、こんな馬鹿げた騒動を起こした責任はもちろんお前にもある。だがなぁ……謝罪するのはお前か? それに謝罪する相手は私だけでよいのか?」
「っ……! マリアベルさん」
「は、い……」
その神父様の言葉に、ラフォルグ侯爵様は私に視線を移されます。
……ですがどうして神父様を陛下と呼ばれたのでしょうか、私はそれが気になって仕方ありません。
「此度事、今の今まで知らされていなかったとはいえ貴女には大変不快な思いをさせてしまった。オズワルドの父親として謝罪させて欲しい」
そしてラフォルグ侯爵様は、頭を深く下げて私に謝罪をしてくださいました。
「あ、ラフォルグ侯爵様……! 私などに頭を下げられては……もう頭をお上げください!」
「マリアベルさん、君は本当に心根の優しい女性だね。こんな謝罪をしたところで貴女の気分はきっと晴れない、それはわかっているんだが……今はただ謝ることしか出来ない。本当にすまない」
「い、いえ! ラフォルグ侯爵様が悪いわけではありませんので……」
「この場はただ謝る事しか出来ないが、必ずオズワルドにはそれ相応の罰を受けさせよう。そして謝罪の場を設け、正式に貴女に謝罪をしたいと思う」
「……はい、わかりました」
これ以上ないほど丁寧にラフォルグ侯爵様は謝罪してくれて、逆に申し訳ないような気持ちになります。
だってこの方は本当に何も知らされてはいなかったみたいですし、暴言を吐こうとするオズワルド様をずっと抑えつけて諌めてくれていた。
「あなたっ……!? オズワルドに罰って、まさか廃嫡なんて事じゃ……マリアベルさん!」
「……お前はもう黙っていなさい、これ以上教会やマリアベルさんにご迷惑をかけするような真似はするんじゃない!」
「そ、そんな……どうして、ああっ……!」
そして泣き崩れたラフォルグ侯爵夫人。
そんなお義母様の様子を見たオズワルド様は、私を射殺さんとばかりに睨み付けられておられました。
十八歳、待ちに待った成人を迎えたあの日。
私は辺境にある子爵家をトランク一つに荷物をまとめ、家族から逃げ出すように家を出ました。
誰に見送られることもなく。
たった一人、馬車の旅路は寂しくないと言ったら嘘でしたが何故か不安は全くありませんでした。
そして馬車で二日かけてようやく辿り着いた王都、そこは右も左も分からない大都会。
ここには頼れるような親族はおらず、これからは一人自立して生きていくしかありません。
ですが以前子爵家に、家庭教師に来て下さった先生がお手紙を私宛にくださって。
今は未亡人となられ、王都の教会に身を寄せていらっしゃるとの事。
そしてそのお手紙には。
『もし何か王都に来るような用事があれば、教会を訪ねていらっしゃい。貴女なら皆歓迎します』
と、綴られておりました。
私はその手紙を頼りに、王都にやって来て直ぐ教会を訪問致しました。
そして訪れれば先生だけでなく教会の皆様が大変温かく歓迎してくださり、王宮で働き始める日までの期間を教会に居られるように取り計らって頂きました。
ほんの少しの期間でしたが教会でお世話になる事になって、その間よくお話をさせて頂きましたのが。
いま私の目の前で、いつものように朗らかに微笑まれます。
『大丈夫、私が全部いいようにしてやる。この爺にまかせなさい!』
と、おっしゃった神父様でございます。
これ以上教会の方に私事でご迷惑をおかけするような事はしたくないのですが、神父様のその声は有無を言わさないような迫力。
「あ……はい?」
……つい承諾してしまいました。
「いやはやそれにしても……みんな威勢が良くて元気じゃの? 最近の社交界はこれが流行りというやつかクロヴィス」
「いえ、そういった『流行り』を私は聞いたことがありません。ここにいる方々だけでしょう」
「……なんだそうか? ずっと教会に篭っておったから、ちょいと世間の流行りに疎くなってしまったのかと思って心配になっておったわ!」
神父様のその言葉をお聞きした方々は、途端に顔色を悪くされてすぐにお静かになりました。
皆様神父様のお言葉でやっと気が付いたのでしょう、自分達がいかに無作法な振る舞いをしていたのか。
神聖な教会の前でこんな騒ぎを起こすなんて。
民達のお手本となるべき貴族として以前に、成人した大人としてありえない恥ずべき行為。
ですが流石は神父様でございます。
道を外れてしまった人々に、正しい道をこんなにも早く教えて差し上げるなんて。
これ以上ご迷惑をお掛けしたくはありませんでしたが、神父様にお任せして正解でございました。
ですが……ちょっと皆様の顔色が悪すぎではございませんでしょうか?
まるで土のようでございますし、一部の方は泡を吹いて今にも倒れてしまいそう。
「も……申し訳ございません!」
ラフォルグ侯爵様が羽交い締めにして抑えつけていたオズワルド様の顔を石畳の地面に擦り付けるようにしながら、神父様に謝罪されます。
「ああラフォルグか。お主も元気の良い妻と息子を持って忙しいのぉ? 城で騎士をしている時は暇そうだったのに……」
「家人の非礼並びにこの不始末、陛下にはお詫びのしようがございません。この責任全て私の不徳の致すところでございまして……」
「……ラフォルグ、お前は何か勘違いをしていないか? 確かに教会の扉をドカドカと好き勝手に突然叩かれて中にいた者達は大層怯えてしまっておるし、こんな馬鹿げた騒動を起こした責任はもちろんお前にもある。だがなぁ……謝罪するのはお前か? それに謝罪する相手は私だけでよいのか?」
「っ……! マリアベルさん」
「は、い……」
その神父様の言葉に、ラフォルグ侯爵様は私に視線を移されます。
……ですがどうして神父様を陛下と呼ばれたのでしょうか、私はそれが気になって仕方ありません。
「此度事、今の今まで知らされていなかったとはいえ貴女には大変不快な思いをさせてしまった。オズワルドの父親として謝罪させて欲しい」
そしてラフォルグ侯爵様は、頭を深く下げて私に謝罪をしてくださいました。
「あ、ラフォルグ侯爵様……! 私などに頭を下げられては……もう頭をお上げください!」
「マリアベルさん、君は本当に心根の優しい女性だね。こんな謝罪をしたところで貴女の気分はきっと晴れない、それはわかっているんだが……今はただ謝ることしか出来ない。本当にすまない」
「い、いえ! ラフォルグ侯爵様が悪いわけではありませんので……」
「この場はただ謝る事しか出来ないが、必ずオズワルドにはそれ相応の罰を受けさせよう。そして謝罪の場を設け、正式に貴女に謝罪をしたいと思う」
「……はい、わかりました」
これ以上ないほど丁寧にラフォルグ侯爵様は謝罪してくれて、逆に申し訳ないような気持ちになります。
だってこの方は本当に何も知らされてはいなかったみたいですし、暴言を吐こうとするオズワルド様をずっと抑えつけて諌めてくれていた。
「あなたっ……!? オズワルドに罰って、まさか廃嫡なんて事じゃ……マリアベルさん!」
「……お前はもう黙っていなさい、これ以上教会やマリアベルさんにご迷惑をかけするような真似はするんじゃない!」
「そ、そんな……どうして、ああっ……!」
そして泣き崩れたラフォルグ侯爵夫人。
そんなお義母様の様子を見たオズワルド様は、私を射殺さんとばかりに睨み付けられておられました。
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