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21 藁にも縋る
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ラフォルグ侯爵夫人の悲痛な叫びは王都の街に響き渡り、教会前の道を通りがかった人達はこれはいったい何事かと足を止めて教会の方を振り返る。
そんな人集りの中にはデート中のマリアベルとクロヴィスの姿が見えるが、まだ二人の事は関係者の誰にも気付かれてはいない。
それもそのはず。
神聖な教会の前で騒ぎを起こす渦中の人物達にとっては、周りを気にしている余裕など全くないのだから。
「お義母様……? どうしたんですか急に大声なんか出されて……恥ずかしいので止めて下さい。今日はお祝いの日なのに、いやだわ」
ラフォルグ侯爵夫人がつい悲鳴を上げてしまった主たる原因リリアンが、そう非難の声をあげる。
「そうですよ母さん、それに父さんも! 今日は私達の大事な結婚式なんです。お小言は後で聞くので、とりあえず中に入りましょう」
と言ってオズワルドは一歩、また一歩とリリアンを伴い教会へと近付いて行く。
そして目の前には重厚な二枚扉、それを両の手で開こうとする。
――が。
二枚扉はびくともしない。
「……どうされたのですオズワルド様? 早く中に入りましょう!」
リリアンがオズワルドを急かす、だが一向に開く気配を見せない重厚な二枚扉。
「開かない……」
「え、開かない……?」
困惑するオズワルド。
金の支払いこそまだだが、ここの教会を借りるという申込書をマリアベルに渡されて自分はちゃんとサインした。
それに結婚式の日取りも間違えてはいないし、時間もぴったりな筈で早くもないし遅れてもいない。
なのに教会の扉は押しても引いても開かない。
ふと湧き上がるのは嫌な予感。
「も、もしかしてマリアベルのヤツ! 教会の予約をこの私に無断で勝手に取り消し……た?」
そして焦ったオズワルドは、教会の扉をバンバン叩いて開けろと大声で叫ぶ。
その様子に。
「おい、やめるんだオズワルド! 神聖な教会にいったい何をしているんだお前は……!」
焦って騒ぎ立てる息子を、ラフォルグ侯爵が慌てて止めに入る。
この教会はそれほど大きくはないが、この王都でも指折りの格式高い特別な教会でこんな無作法は貴族であっても決して許されない。
だってこの教会には、退位した先王が枢機卿となって余生を神に捧げて過ごしているのだから。
そんな親子の様子に、結婚式に招待された貴婦人達は口々に噂話を始める。
「ねぇ、これっていったいどういうことかしら?」
「花嫁が変わったみたいですわ。ほらあれを見て下さいまし、レオンハルト第一王子殿下の侍女じゃありませんでしょう?」
「まあ……本当ですわ! ですがあちらの女性はどなたなのかしら……私一度も見たことがございませんわ」
「それは私もよ、でも見るからに田舎臭い派手な厚化粧ね? 清楚さが全く感じられませんわ……」
「あらまぁ……本当ねぇ? それに花嫁が着てらっしゃるウェディングドレス、ちょっと酷い有り様じゃありませんこと? あんなお嫁さんが嫁いで来たんじゃ、ラフォルグ侯爵夫人がお気の毒ね! ふふ、ほんと可哀想!」
「貴女笑っちゃ駄目よラフォルグ侯爵夫人に失礼じゃない、ふふ……!」
「もう、貴女だって笑っていらっしゃるじゃない! でも良かったわ、うちの息子の嫁は気は利かないけどあんなに酷くはないもの」
「それはうちもよ、駄目な嫁とずっと思ってたけどアレよりは全然マシね!」
嘲りと嘲笑。
この晴れの日に相応しくない会話や笑い声が、そこかしこから引っ切り無しに交わされて。
聞きたくなくても耳に入ってくる。
「オズワルド様! 開かないってどういう事ですか!? ここで結婚式を挙げさせてくれるってリリアンと約束してくれましたよね? あれは嘘だったんですか!? 私を騙したのね、酷い!」
「リリアン違っ……」
ラフォルグ侯爵に羽交い締めにされて身動きが全く出来ないオズワルドを、リリアンはそう言って激しく責め立てる。
そして泣き崩れるリリアン。
「ああ、私達の可愛いリリアン! 大丈夫、大丈夫よ泣かないで、そんな風に泣いたら可愛い顔が台無しよ?」
「お母様っ……!」
泣き始めたリリアンを心配でもしたのか。
今まで一言も声を発しなかったハインツ子爵夫人が出て来て、リリアンを抱きしめ慰める。
「それにきっとこれは何かの手違いよ。ね、そうでございましょうオズワルド様? それに、あなた?」
「あ、ああ、そうだな! これはきっと何かの手違い! 教会の方に確認すれば大丈夫、だから泣くな私達の可愛い娘リリアン!」
「お父様ぁ……」
ずっと息を殺していたハインツ子爵。
夫人が前に出て自分に同意を求めてしまった事で前に出ざる負えなくなったので、そう言って場の空気を変えようとする。
「ですのでオズワルド様、教会の方にご確認して頂いても宜しいですかな?」
「あ……それは……」
「オズワルド様、どうしましたか?」
問いかけるリリアンの父ハインツ子爵、だがハッキリとはどうしても答えられないオズワルド。
だって今のこの状況から察するに、マリアベルが教会の予約をキャンセルしてしまっている。
だから確認を取った所で意味はなく、今からどんなに頑張った所で今日の結婚式は中止。
それに後日ここの教会で結婚式をしようにも、オズワルドにはその伝手が全くないのだ。
ここはマリアベルが一人で借りてきた教会で、どうやって借りたのかすらオズワルドにはわからない。
だから藁にも縋るような気持ちでオズワルドは、父親に羽交い締めにされたまま視線を泳がせる。
そうすると人集りの中に。
「あ……ま、マリアベル!?」
心配そうに此方を見ているマリアベルの姿を、見つけてしまうのだった。
ラフォルグ侯爵夫人の悲痛な叫びは王都の街に響き渡り、教会前の道を通りがかった人達はこれはいったい何事かと足を止めて教会の方を振り返る。
そんな人集りの中にはデート中のマリアベルとクロヴィスの姿が見えるが、まだ二人の事は関係者の誰にも気付かれてはいない。
それもそのはず。
神聖な教会の前で騒ぎを起こす渦中の人物達にとっては、周りを気にしている余裕など全くないのだから。
「お義母様……? どうしたんですか急に大声なんか出されて……恥ずかしいので止めて下さい。今日はお祝いの日なのに、いやだわ」
ラフォルグ侯爵夫人がつい悲鳴を上げてしまった主たる原因リリアンが、そう非難の声をあげる。
「そうですよ母さん、それに父さんも! 今日は私達の大事な結婚式なんです。お小言は後で聞くので、とりあえず中に入りましょう」
と言ってオズワルドは一歩、また一歩とリリアンを伴い教会へと近付いて行く。
そして目の前には重厚な二枚扉、それを両の手で開こうとする。
――が。
二枚扉はびくともしない。
「……どうされたのですオズワルド様? 早く中に入りましょう!」
リリアンがオズワルドを急かす、だが一向に開く気配を見せない重厚な二枚扉。
「開かない……」
「え、開かない……?」
困惑するオズワルド。
金の支払いこそまだだが、ここの教会を借りるという申込書をマリアベルに渡されて自分はちゃんとサインした。
それに結婚式の日取りも間違えてはいないし、時間もぴったりな筈で早くもないし遅れてもいない。
なのに教会の扉は押しても引いても開かない。
ふと湧き上がるのは嫌な予感。
「も、もしかしてマリアベルのヤツ! 教会の予約をこの私に無断で勝手に取り消し……た?」
そして焦ったオズワルドは、教会の扉をバンバン叩いて開けろと大声で叫ぶ。
その様子に。
「おい、やめるんだオズワルド! 神聖な教会にいったい何をしているんだお前は……!」
焦って騒ぎ立てる息子を、ラフォルグ侯爵が慌てて止めに入る。
この教会はそれほど大きくはないが、この王都でも指折りの格式高い特別な教会でこんな無作法は貴族であっても決して許されない。
だってこの教会には、退位した先王が枢機卿となって余生を神に捧げて過ごしているのだから。
そんな親子の様子に、結婚式に招待された貴婦人達は口々に噂話を始める。
「ねぇ、これっていったいどういうことかしら?」
「花嫁が変わったみたいですわ。ほらあれを見て下さいまし、レオンハルト第一王子殿下の侍女じゃありませんでしょう?」
「まあ……本当ですわ! ですがあちらの女性はどなたなのかしら……私一度も見たことがございませんわ」
「それは私もよ、でも見るからに田舎臭い派手な厚化粧ね? 清楚さが全く感じられませんわ……」
「あらまぁ……本当ねぇ? それに花嫁が着てらっしゃるウェディングドレス、ちょっと酷い有り様じゃありませんこと? あんなお嫁さんが嫁いで来たんじゃ、ラフォルグ侯爵夫人がお気の毒ね! ふふ、ほんと可哀想!」
「貴女笑っちゃ駄目よラフォルグ侯爵夫人に失礼じゃない、ふふ……!」
「もう、貴女だって笑っていらっしゃるじゃない! でも良かったわ、うちの息子の嫁は気は利かないけどあんなに酷くはないもの」
「それはうちもよ、駄目な嫁とずっと思ってたけどアレよりは全然マシね!」
嘲りと嘲笑。
この晴れの日に相応しくない会話や笑い声が、そこかしこから引っ切り無しに交わされて。
聞きたくなくても耳に入ってくる。
「オズワルド様! 開かないってどういう事ですか!? ここで結婚式を挙げさせてくれるってリリアンと約束してくれましたよね? あれは嘘だったんですか!? 私を騙したのね、酷い!」
「リリアン違っ……」
ラフォルグ侯爵に羽交い締めにされて身動きが全く出来ないオズワルドを、リリアンはそう言って激しく責め立てる。
そして泣き崩れるリリアン。
「ああ、私達の可愛いリリアン! 大丈夫、大丈夫よ泣かないで、そんな風に泣いたら可愛い顔が台無しよ?」
「お母様っ……!」
泣き始めたリリアンを心配でもしたのか。
今まで一言も声を発しなかったハインツ子爵夫人が出て来て、リリアンを抱きしめ慰める。
「それにきっとこれは何かの手違いよ。ね、そうでございましょうオズワルド様? それに、あなた?」
「あ、ああ、そうだな! これはきっと何かの手違い! 教会の方に確認すれば大丈夫、だから泣くな私達の可愛い娘リリアン!」
「お父様ぁ……」
ずっと息を殺していたハインツ子爵。
夫人が前に出て自分に同意を求めてしまった事で前に出ざる負えなくなったので、そう言って場の空気を変えようとする。
「ですのでオズワルド様、教会の方にご確認して頂いても宜しいですかな?」
「あ……それは……」
「オズワルド様、どうしましたか?」
問いかけるリリアンの父ハインツ子爵、だがハッキリとはどうしても答えられないオズワルド。
だって今のこの状況から察するに、マリアベルが教会の予約をキャンセルしてしまっている。
だから確認を取った所で意味はなく、今からどんなに頑張った所で今日の結婚式は中止。
それに後日ここの教会で結婚式をしようにも、オズワルドにはその伝手が全くないのだ。
ここはマリアベルが一人で借りてきた教会で、どうやって借りたのかすらオズワルドにはわからない。
だから藁にも縋るような気持ちでオズワルドは、父親に羽交い締めにされたまま視線を泳がせる。
そうすると人集りの中に。
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心配そうに此方を見ているマリアベルの姿を、見つけてしまうのだった。
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