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34 ギリギリをいい感じに
しおりを挟む滴る赤。
暗く濁る青。
底冷えするほどに冷たい声。
その異常な光景を前にアンジェリークは一歩だけ後退り、カシウスから距離を取った。
……ヤバイ、たぶんこの人が一番ヤバイ。
軽々と人間が吹っ飛ばされました。
ただ公爵は私に近寄っただけなのに。
「マルタン公爵? さっさと起き上がって下さい、この程度なんともないのはわかっているんです」
「……やれやれ、親によく似て貴方も野蛮ですねカシウス皇太子殿下? 暴力はいけませんよ?」
カシウスの言葉に、床に蹲っていたマルタン公爵は薄ら笑いを浮かべてゆっくりと起き上がった。
「……減らず口を叩いていられるのも今の内だけだ、ここに何故呼び出されたのか貴方はもうわかっているのだろう?」
「さぁて……? なんのことやら……私には皆目検討がつきませんな、皇太子殿下?」
「公爵、シラを切るつもりか?」
「そんな事よりも、我が家の嫁を即刻返して頂きたいですな? 皇太子が側近の婚約者を拐かした……など可笑しな醜聞が広まる前に……ね?」
ニタリ、とカシウスを挑発でもするかのように嫌な笑みをマルタン公爵は浮かべ。
脅迫紛いの言葉を平然と並べ立てた。
「何が婚約者だ、白々しい。1ヶ月前、ここ王城にて開かれた夜会でオーギュスト・マルタンがアンジェリーク・レニエに対して婚約破棄宣言を行ったことはもう調べはついている、揉み消しても無駄だ」
「はて? ……婚約破棄の書類は当家から国に出していないはずですが?」
「双方が合意なら書類無しでも有効、公爵も知っているだろう? あんな衆人環視の元でやっておいて隠し通せるわけがないだろう!」
「ふむ……これは困りましたね……?」
「それにどうしてそなた達はアンジェリークの事を国に報告しなかった? 彼女は国で保護すべき聖女だとわかっていただろう?」
「……聖女? それは初耳ですな。アンジェリーク・レニエと我が息子の婚約は事業提携の為に組まれたもので彼女についてそこまで詳細に私は知らないのですよ」
『自分は何も知らなかった』
それは白々しい嘘だと、この謁見の間にいるものはマルタン公爵の態度でそれが嘘だとわかる。
だがそこに証拠がない。
証拠がなくてはいくら皇太子といえど、公爵を罪には問うことが出来ない。
……だけど。
マルタン公爵がアンジェリークが聖女だと、知っていたと知る唯一の人物がここにはいる。
「……ではレニエ伯爵、貴方だけの責任という事になりますがそれで宜しいですか? 国への報告義務を違反し、保護されるべき聖女を虐げた……罪は重いぞ?」
カシウスはレニエ伯爵に問う。
『お前一人の罪でいいんだな?』と。
「お、お待ちください! カシウス皇太子殿下っ! アンジェリークの使えない魔法の事は誰にも知られないように黙っておけとマルタン公爵に私は命令されただけで……娘が聖女だったなんて知らなかったんです! それに虐げたなんて……生意気な娘をちょっと躾していただけですよ?」
カシウスの問いに、レニエ伯爵はあっさりとマルタン公爵が命令していたことを認めた。
あっさりと認めたレニエ伯爵をマルタン公爵が忌々しそうに睨み付けるが、どうすることも出来ない。
「……躾?」
「ひっ……!」
『躾』
その言葉にカシウスが反応し暗く濁った瞳で睨むと、レニエ伯爵はガクガクと震え床に尻餅をついた。
「では……皇帝陛下、此度の件どういたしましょう?」
「……報告義務を怠り聖女を虐げた罪は重い、レニエ伯爵は王都から追放処分し領地から出る事を禁ずる」
「そ、そんな……! それじゃ仕事が出来ない……!」
端から見れば軽い処分。
だが、王都で事業を展開するレニエ伯爵としては領地から出られないのはかなり厳しいもの。
「そしてマルタンは……塔にでも幽閉されてろ、お前を野放しにすると碌でもない事しかせんからな? あと息子も聖女に暴力を振るっていたと調べは付いてるから公爵の爵位を受け継ぐ事を禁ずる、適当に遠縁から後継者見繕って来い」
「っち……」
「え……嘘……」
皇帝の決定に舌打ちして不満そうにするマルタン公爵と、項垂れ肩を落とすオーギュスト。
「本当は二人とも断頭台に送ってやりたい所なのだが聖女の父が処刑されるのは外聞が悪いし、マルタンは皇后の生家だから、妻の弟を殺す訳にもいかん……」
「……父上? それじゃ処分が甘過ぎます」
皇帝が決めた処分に『甘い』と言って、不満そうにするのはカシウスで。
「そうは言ってもなぁ? どうしろと……」
「二人とも母上の玩具にでもすればいいんです、確か新しい拷問器具を隣国から色々と輸入したからとご機嫌でしたし? 名前は鉄の処女……と、後なんでしたっけ? いくつかあったはずですが……」
「え……いや……それは、流石に? というかまた買ったの? 拷問器具……」
「大丈夫ですよ父上、母上は上手いですから死なないギリギリをきっといい感じに攻めてくれますよ?」
「え? あ、そう……? じゃあレニエ伯爵とマルタン公爵の二人は皇后に任せる……?」
「や……やめてくれ! 私が悪かった! あ、姉にだけは! 頼む! あれは……魔女だ……から……」
皇后と聞いて、ガクガクと震えだすマルタン公爵はポロポロと涙を流し懇願し始めた。
マルタン公爵はよほど皇后が怖いらしい。
……その一部始終を聞いて。
アンジェリークはそろりとカシウスから距離をとって、謁見の間から逃げだした。
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