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28 許されざる罪

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 全てを見透かすような青の瞳に見下ろされて、恥ずかしくなって顔を逸らせば。

 細く長い指先に逸らした顔を元に戻されて、私よりすこし薄い柔らかな唇が重なった。

 角度を変えて絶え間なく降り注ぐ口づけがどうしようもなく甘く優しくて、涙が頬を伝う。

 しゅるりと音を立てて解かれるリボン。

 一糸纏わぬ身体を青が映す。

「アンジェリーク、すごく綺麗だ」

「っ……こんなこと、いけません! 私には……」

「……君は私のもの、他の男の所になんて行かせない」

「カシウス様……」

 羞恥で頬が赤く染まる。

「これは戯れでも過ちでもない、本気で君の事を愛してるんだ」

「……そんなの、信じられません」

「じゃあ、君にこの気持ちを信じて貰えるよう誠心誠意尽くそう。私達が出会った月のない夜のように」

「え……か、カシウス様……!?」

「……忘れてしまうなんて愛が足りなかったのかな? 初めてだと思って手加減したけど、今日は本気で抱くね?」

「え、まって……」

「……ダメだよ? 『泣いても叫んでも止めない』ってさっき言ったでしょう?」

 にっこりとカシウス様は微笑む。

 そして触れた肌の熱に。

 ……身体が跳ねた。

 婚約者がいるのにこんな事をしちゃイケナイ、そう頭ではわかっていても。
 
 こんなに優しくされるなんて生まれて初めてで、それがたとえ偽りだったとしても。

 その優しさを私は求めずにはいられない。

 


 日が落ちて、夜の帳が降りる。

 窓から差した月明かりに照らされる

 寝台の上で疲れたようにぐっすりと眠るアンジェリークに、カシウスはシーツを掛け直し部屋を出た。

「……あーあ。オーギュスト面倒な相手の婚約者に手ぇ出しやがったよ、この皇太子殿下」

 部屋の前で待ち構えていたカシウスの側近であり、護衛騎士のライアスが、そう声を掛けた。

 怪訝そうな表情に、溜め息混じりの声は明らかにカシウスを非難するもの。

 ライアスは友人として、カシウスが誰と恋仲になって何をしようが構わないし応援もしたい。

 だが側近としてだと話は別で。

「……ライアス、父上との謁見の許可は?」

 だが皇太子カシウスは。

 ライアスから発せられた非難めいた言葉を完全に無視し、自分が言いたい事だけ言って歩き出す。

 カシウスには構ってやるつもりがないらしい。

 無視されたライアスは、スタスタと歩き去っていくカシウスを追い掛ける。

 興味が無い事に対して皇太子カシウスはいつもこんな感じなので、これはいつもの事だから。

「皇帝陛下との謁見許可は取って来たけど……どうすんだよ? 本気であのご令嬢をオーギュストから奪うつもり?」

「本気に決まっているだろう? 遊びで女性に手を出すわけがない、私は皇太子なんだから」

「皇太子としての自覚が少しでもあるならさぁ? 婚約者でもないご令嬢に手を出すなよ……面倒事を起こすなよな……側近の身にもなって?」

「あの子を私の婚約者に、皇太子妃にしてしまえば何の問題も起きないよ」
 
「いや、お前……そんな簡単に言うけどさ……?」

「なんて事はない簡単な事だよ? 神に愛された彼女から約束された明るい未来を奪い虐げてきた者達はその報いを受ける、ただそれだけさ」

「カシウスー? お前が話す言葉はたまに抽象的過ぎて意味がわからん、俺にわかりやすく説明して」

「アンジェリークは稀有な能力を持っていてね? 魔力を吸収出来るんだ、すごいよね」

 そう言ってカシウスは不敵に笑う。

「……は?」

「彼女は世が世なら……魔王がいた古の時代ならと呼ばれていただろうね? アンジェリークが居れば荒れ狂う魔物も簡単に、死傷者一人出す事もなく無力化されるだろう」
 
「……お前が言ってる事が本当なら確かに簡単かもしれないな……聖女様が現れたという報告はここ何百年も聞かない、それに聖女様を虐げた……ねぇ?」

 魔力を吸収出来る魔法。

 それを扱える人間は聖女と呼ばれた時代もある。

 その稀有な能力を持つ者がその国に存在する。

 その事実だけで国民に安心感が生まれ、国家を繁栄させるほどの影響力を持つ。

 崇拝され敬われることはあっても、聖女を虐げるなんて聞いたこともないしあり得ない。

 それは許されざる罪。

「な? 簡単だろう……?」
 
「いやでもカシウス……お前さぁ? 彼女が聖女だとわかった上で、いまヤッてきたの!? うわ、なにそれありえねぇ……!」

「アンジェリークが聖女かどうかなんてそんな事は関係ない、私はただ彼女を愛してるんだ」

「あ……うん、そう? そりゃ……よかったな? こいつの側近本当に疲れる……もう辞めたい」
 
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