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7 一夜の過ち カシウス視点

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 どれだけ酒を飲んだのか彼女はふらつく足取りで、何がそんなに可笑しいのかわからないが、ずっとくすくす楽しそうに笑っている。

 そして私の服の裾を握ったまま後ろについてくる。

 そんな状態の彼女を部屋に連れてきて水差しからグラスに水をいれてやり、飲ませた。

「ほら、水を飲んで?」

「あっ、ありがとうございます」

 部屋に蝋燭の明かりを灯す、そうすれば闇夜に包み隠されていた真実が明るみになった。

 美しいというよりは素朴で可愛らしく親しみのある容姿、それを好ましく感じた。

 けれど。

 その頬は赤く晴れ上がっていて痛々しい。

「顔……それどうしたの? 治療しないの?」

「えっ……ちょっとぶつけただけです! 魔法……あまり得意ではないので……」

「ふぅん……?」

 明らかに殴られたような跡、きっとそれが彼女が一人泣いていた原因だと容易に想像ができた。

 魔法が得意ではないらしく、傷ついた頬を治療すれば『ありがとう』と言って笑ってくれた。
 
 名を知りたくなった。

 だけどいくら聞いても答えてはくれない。

「言えませんー! 男性とお酒を飲んでいた事を両親に知られたら酷い目にあわされますぅ!」

 酒に酔っているからなのか。

 それともこれが彼女本来の姿なのか、全ての仕草や言葉遣いが可愛いらしく目を奪われる。

 彼女を見ていると胸が高鳴る、それに一緒にいると何故か心が安らぎ癒されて。

 初対面なのに。

 『こんな子が皇太子妃になってくれたら』

 ……そう思ってしまった。

「好きな男は……いるか?」

「えっ? ……私、まだ婚約者がいますので一応」

「っそう、か……」

 年頃の令嬢なら婚約者がいても何もおかしい事ではないし、これだけ可愛いければ引く手数多だろう。

 この可愛い令嬢の婚約者が羨ましく思えて、奪えるものなら奪ってしまいたくなった。

 自分にはその力がある、でも愛し合う恋人同士を引き裂くなんて事はしたくない。

 ……けれど婚約者ならば、一時も目を離さず守るべきじゃないのだろうか?

 夜会で婚約者を放ったらかしにして、この子の婚約者はいったい何をしているのか。

「でも……好きじゃありません、大っ嫌いです! 親が決めただけの婚約者ですし、それにさっき婚約を破棄するって言われましたから……」

「っ……なら、私の伴侶にならないか? 会ったばかりで信用ならないかもしれないが……」

 その言葉を聞いてつい期待してしまう。

 婚約者を愛していないならば、自分にもチャンスは残されているんじゃなかろうかと。

「え、えっとぉ……?」

「君のように可愛らしく、側にいて安らげる女性は初めてなんだ! だから……私の伴侶になって欲しい」

「私が……か、可愛い!? 伴侶……って……」

「ああ、すごく可愛いらしくて……欲しくなってしまった、君の事を帰したくないほどに」

 本当に可愛い、堪らなく愛おしい。

「可愛い……私、初めて言われました……!」

「君はとても可愛いよ、……大事にする、だから」 

 気が付いたら、私は彼女を抱き締めていた。

「……え、あの?」

 抱きしめられて困惑する顔も仕草も全てが可愛くて、口づけをした。

「ん、可愛い……」

「や、っだ、だめです……!」

「……イヤ?」

「い、イヤとか……そういう問題じゃなくて! こういう事はですね、結婚相手とするものなので! あの、本当困ります、離して下さい」

 まさか口づけされるとは思っていなかったのか、混乱する彼女を抱き上げて寝台に連れていった。

「じゃあ私と結婚しないとイケナイな?」

「え、ちょ……まって……?」

 かなり酒に酔ってしまっていたと思う、普段ならこんな強引な事は絶対しないはず。

 ……まあ、それはただの言い訳。

 恥ずかしいのか嫌がっている彼女のドレスを丁寧に脱がし、強引にその肌に触れた。

 手を付けておけば彼女は皇太子である自分からはもう逃げられない、そんか浅はかな考えを思い付き実行に移した自分にカシウス自身呆れる。

 これじゃ醜いと思っていた令嬢達よりも、自分の方が余程醜いしおぞましい。

 でもそれでも欲しくなった。

 朝が来たら父上と母上に好きな相手が出来たと話し、彼女を皇太子妃にする為に動こうと思っていた。

 ……なのに。

 朝、目が覚めれば彼女は。

 忽然と、この腕の中からいなくなっていた。

 名前を聞かなかった事が悔やまれたが、彼女の可愛いらしい容姿はしっかりと覚えている。

「どうして……逃げても無駄なのに……」

 逃がさない。

 絶対に見つけ出す。
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