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2 月明かりさえない夜に
しおりを挟む魔法を使えるのが当たり前のこの世界で。
月明かりさえない夜に。
魔法が満足に使えないからと、婚約者に散々侮辱され暴力を振るわれ続けた挙げ句。
婚約破棄だと公の場で宣われた令嬢は。
一人飲み慣れない酒を呷る。
殴られた頬が腫れてじんじんと痛むし、恥ずかしくて涙が止めどなく溢れ落ちる。
魔法で治療が出来ればいいがそれが出来ない、その事実さえも情けなくてアンジェリークは胸が苦しい。
前からオーギュスト様とは上手くいくわけがないと、普段私に対する言動からわかっていました。
ですがこんな事になるだなんて、予想すらも私はしておりませんでした。
人前であんなことを言って令嬢の顔を殴るだなんて、よくあんな暴力的は方と娘を政略結婚させようとうちの両親はものです。
うちの両親には困ったものです。
生まれる家を私は間違えた気がします。
出来損ない、役立たず、醜女。
そんな言葉はもう聞き飽きましたし、殴られ続けるのは痛いし本当は嫌です。
そりゃなにをやっても上手く出来て。
魔法の才能に恵まれ、絶世の美女と評判のイレーヌお姉様に比べれば……?
私は魔法が使えないから無能でしょうし、役立たずだとは思いますけれど。
醜女までは絶対それ言い過ぎです、ちょっと地味顔なだけで……ごく一般的な容姿です。
オーギュスト様は絶対イレーヌお姉様と比べて、私の事を醜女だとか役立たずだとかおっしゃっているのでしょう。
うちの両親も、出来のいい美人なイレーヌお姉様だけを溺愛して私には見向きもしません。
姉妹なのでイレーヌお姉様と比べられるのは、仕方のない事だと理解しております。
それは仕方のない事なのだと、頭ではわかっているつもりなのですが。
ですが……私だってっ……!
お姉様のように華やかな容姿で、魔法の才能に溢れた出来のいい娘に生まれたかった。
好きでこんな風になったんじゃない。
悔し涙が涙がポロポロと溢れ落ちる、私だって本当は愛されたいし優しくされたかった。
「ここで……なにしているんだ?」
「っ……はい?」
月明かりさえない真っ暗闇の中。
王城の庭にあるガゼボで。
一人涙を流し酒を呷っていたアンジェリークに掛けられたその声音は穏やかで耳障りが良く、どこかこちらを気遣うようで。
アンジェリークに対し、こんなに穏やかで優しく声をかける知り合いなんていない。
……だれだろうか?
ふと気になって振り返り声の主を確認してみるけれど、うすぼんやりとした輪郭しかわからない。
きっと声を掛けてきたこの人物も、アンジェリークの顔すらまともにわからないだろう。
でもこれなら婚約者に殴られ腫れた頬も、泣き腫らした目も見られずに済む。
「ええっと……? お酒を飲んでおりました」
「……月も無い暗闇の中、一人で酒を?」
「はい、一人で! 付き合ってくれる相手がいないもので……あ、もしよろしかったら一緒に飲まれます? お酒なら、いっぱいありますので遠慮なさらず!」
「えっ……?」
「……暗闇でお顔もわからず、どちら様かは存じませんがここで会ったのも何かのご縁です」
「あー……いいのか?」
「月はございませんが……星がとても綺麗ですよ?」
「星が綺麗な夜か……そうだな……じゃあ無礼講で酒を楽しむとするか? どうせお互いの顔もこの暗さじゃわからんしな?」
「無礼講いえーいっ! 乾杯ですーっ!」
たぶんもうこの時点で私は酔っ払っておりました。
だって私の記憶があるのはそこまでで、それ以降の記憶が無いのですから。
飲み慣れないお酒なんて飲むものじゃないなと今さら後悔したところで、それは後の祭り。
人恋しさからか相手の顔も碌に確認せずにお酒の席に誘うなんて馬鹿な事をしてしまったと、それについても今さら後悔してもどうしようもないことで。
それは明け方過ぎ、朝日が照らす寝台の上で健やかに眠る雲の上の存在に起き上がったアンジェリークは溜め息を溢し。
天を仰いだ。
「ああ、どう致しましょう? お姉様が狙ってる方と私……ヤッちゃいました!?」
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