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47 夫婦喧嘩

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 扉を叩く音。

 そして久し振りに聞く、落ち着いた低い声音。

 だけど、その扉は固く閉ざされたまま。

 その耳にその音達は聞こえているはずなのに、寝台の上に不貞腐れたように丸まって寝転がるアイリスは知らんぷり。

 ……扉を開けてしまえば負けな気がした。


 馬車から降り立ったラファエル公爵は何事も無かったかのように、いつも通りに微笑んだから。

 出迎えたアイリスはそんな可愛くない事をラファエル公爵に言うつもりなんて無かったのに、つい口を衝いて出てしまった。

 だってアイリスを放ったらかしにした事を、ラファエル公爵は言い訳したりもしなかったから。

 放ったらかしにした事を謝って欲しいわけじゃなくて、アイリスはただ気に掛けていて欲しかった。

 なのにラファエル公爵はいつも通りだったから、アイリス相手になら放ったらかしにしても言い訳する必要すらも無いと、言われてるようで。

 ……悲しくなった。



 ラファエル公爵が迎えに来るとの先触れを聞いて、アイリスは嬉しかった。

 嬉しくて放ったらかしにされた事も忘れ、出迎え行ったのにその態度にアイリスは荒んだ。

 だからラファエル公爵になんと言われようと扉を開けてなんてやらないと、アイリスは引きこもりらしく部屋に引きこもった。



「アイリス……君と話がしたいんだ、扉を開けてくれないか? ……アイリス?」

「…………」

 ラファエル公爵は扉を叩きアイリスに話し掛けるが、その扉は開かないし返事すらも返ってこなくて。

 一向に開かないその扉に、どうしたものかとラファエル公爵はアイリスの部屋の前で立ち往生。

 何度声を掛けても、扉を叩いてもアイリスからは何の返事もなくてただ時間だけが過ぎていく。

「アイリスは……私の事が、嫌いか?」

「…………」

 ラファエル公爵は服が汚れる事なんてお構いなしに、その扉の下に座り込みアイリスに声を掛ける。

「……そりゃ嫌い、か……君に嫌われてもおかしくない事を私はずっとやってきたし、言ってしまった、しな? それを謝って済むとは思ってないが……ごめん」

「…………」

 開かない扉にラファエル公爵は、ただアイリスに謝る事しか出来ない。

「私と……別れたいか? 本当はわかってるんだ、君を公爵家から解放し、同年代で同じ家格男と……やり直しさせた方がいいって……どうしてもと君が望むなら……」

「……いやです」

 固く閉ざされていた扉は、アイリスの声と共にカチャリと音を立てて開かれる。

「え、アイリス……?」

 そして扉を開けたアイリスはぷるぷると小刻みに震え、拗ねた表情をして不満を露にしていた。

「そんなのいやです! ラファエル様のばかっ!」 

 と、アイリスはラファエル公爵と目を合わすなりその提案を大きな声をあげて拒否し、罵倒した。

 そんなアイリスの態度と言葉にラファエル公爵は唖然となって、ただただ驚いた。

 アイリスが大声を出したりする姿なんて、今まで一度もラファエル公爵は見たことが無かった。

 嫌味を言って来ることはあった、だがそれもぷるぷると震え、自分に怯えながら言ってくるだけで。

 こんな風に声を荒げて、大きな声で自分を罵倒してくるなんて初めてでラファエル公爵はとても驚いたが、同時に嬉しくなった。

 アイリスが遠慮せずにその気持ちを伝えてくれて、そして自分と別れる事を嫌がってくれて。

 そしてその怒ったアイリスの表情や仕草が、可愛いらしくて……つい。

「っくく……あははっ! ほんとうにアイリスは可愛いな……そんなの、嘘だよ? 君の事は誰にもやらん……たとえ私の事が嫌だと言って、泣いて嫌がったとしても」

「……っラファエル様! 私っ、貴方に怒ってるんですよ!? なに笑ってるんですか!」

 こちらは大真面目に怒っているのに何故か腹を抱えて笑い出したラファエル公爵に、アイリスは怒る。

「いや……だってなあ? ……アイリスの怒り方が、あまりにも可愛くて……あははっ! なにこの子、あー……どうしよ、ほんと可愛い……!」

「くっ……! ラファエル様なんて嫌い! ばかっ」

 怒れば怒るほどラファエル公爵に可愛いと笑われるから、アイリスはぷいっとそっぽを向いて部屋に戻ろうと扉を閉めようのすれば。

「……ダメだよ? 逃がさない」

 その扉をラファエル公爵にサッと掴まれて、閉めようにもビクともしなくて。

「っ……離して下さい! ラファエル様なんて嫌いです、ずっと私の事、放ったらかしにしてた癖にっ……ばかっ……ばかぁ……っ」

 豆腐メンタルのアイリスは、その感情の高ぶりが限界に達しポロポロと大粒の涙をチョコレート色の瞳から流して、とうとう泣き出してしまい。

「え? あ……」

 焦って宥めようとするラファエル公爵をよそに、アイリスはすっきりするまでその場で泣きじゃくり。

 そのアイリスの泣き声に、何事かとぞろぞろ集まったヴァロア男爵夫妻やアイリスの姉アナイスに。

 妻を泣かしてしまい焦って宥めようとするという、みっともなさ過ぎる夫の姿を義家族にばっちりとラファエル公爵は目撃されてしまい。

 ……恥ずかしさに身悶えした。

 
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