42 / 52
42 引きこもりに社交
しおりを挟む絢爛豪華な夜会の片隅で、その場に不釣り合いな性格の似た者同士が奇跡的に出会いを果たす。
その出会いを周囲の者達は好意的に受け入れた。
だがこの二人が楽しそうに話す内容は夜会という社交の場にそぐわないものなのだが。
誰もそれに気付けない。
「『エレノアさんの壁の花、決まってました!』」
「『ふふっ、長年に渡り壁の花の研究と鍛練の結果ですわ! 気配を消し過ぎないのがコツです』」
「『ぜひ私にもご教授頂きたいです……!』」
「『そんな事でよろしければいくらでも! だってアイリスさんは私とは同志、そして本日からは親友ですから! やはり衆道と官能は至高であり、それは淑女の嗜みっ……!』」
アイリスの手を取って、エレノア王女は熱意に満ちた眼差しで熱弁をふるい始める。
「『エレノアさん……! そんな大声で……!』」
「『はっ! つい……同志に出会えた喜びで!』」
そんな話を、深窓の令嬢のような二人がキラキラとした笑顔で楽しそうに話しているなんて。
微笑ましく、そして好意的に二人を見ている周囲の者達は気付くことが出来ない。
それはアイリスと王女が話す公用語が流暢過ぎて、全く聞き取れないから。
「アイリス……? 王女殿下と何をそんなに楽しそうに話しているんだ? それに公用語、話せたのだな」
ラファエル公爵はエレノア王女と楽しそうに話すアイリスに声をかける。
「っえ……っと、その……王女様とは読書について話しておりました。隣国の書物を読むのが私は好きなので、少しだけですが話せます」
「そう、なのか。知らなかった、すごいな」
「いえ、そんな! ……少しだけ、です」
……少し話せる程度ではない。
アイリスは読む本がアレなだけに、スラングについても知り尽くしている。
「……そうか、友人が出来てよかったな?」
「はい、あ……ごめんなさい、つい王女様と話すのに夢中になってしまいました! 社交……しなきゃ……!」
「アイリス君は何を言っているんだ? 君は今、立派に社交をしているよ?」
「え……?」
「社交というか……外交だが、君が王女殿下と楽しげに話してくれたお陰で気分を良くした隣国の大使との外交が円滑に進んでいるとアイリーン王太子妃とシュナイゼル王太子殿下、それに宰相が喜んでいるよ?」
「が……外交……!?」
……エレノア王女とは、人には言えないようなえっちで下世話な本の話をして、盛り上がっていただけなのに?!
「アイリス、君のおかげで王家にも恩を売れたし、君は立派に公爵夫人として……いやそれ以上の仕事をしてくれた、助かったよありがとう」
「え……はい……?」
社交がこれでいいのなら楽だし楽しかったけど、話の内容について聞かれたら困るなとアイリスは思った。
そしてエレノア王女殿下とは今度二人きりでお茶会をして熱く語り合う約束をアイリスは交わす。
友人というより同志が出来た瞬間である。
そして当初の目的通りラファエル公爵にエスコートされて仲良しアピールするために、挨拶周りをアイリスは開始するが。
引きこもりの人見知りは早々に心労で、顔面蒼白になりぐったりとして。
深窓の令嬢メッキが剥がれ落ちそうになるから。
「……今夜はこの程度にしようか?」
「う……はい……ごめんなさい……!」
「誰にでも苦手な事はある、無理しなくていい」
ラファエル公爵の優しい気遣いと言葉が有り難くて嬉しくて、アイリスの胸の鼓動は早くなっていく。
見つめ合う二人、それはなかなかに良い雰囲気で。
だがそんなアイリスとラファエル公爵の二人に近づく影に、アイリスが敏感に気付く。
「っげ……お父様……!」
咄嗟に父親を睨み付けるアイリス。
今生の両親に対してはぷるぷるうち震えるのではなく、アイリスは立派に威嚇する事が出来るらしい。
「アイリス、夜会になんて来て何をしている!?」
アイリスの今生の父、ヴァロア男爵は。
まさか王城で開かれる夜会に、引きこもりのアイリスが来ているなんて想像だにしなかったから。
それはそれは驚いた。
「お父様、それはっ……!」
「それに公爵様! 娘を夜会に連れてくるなんて……何を考えておられる!? 領地に籠らせると聞いたから嫁に出したのに……こんな子に社交なんて……!」
ラファエル公爵に、これでは話が違うとアイリスの父であるヴァロア男爵は顔を赤くして、いい募る。
「妻を侮辱するのは止めて貰おうヴァロア男爵。いくら実の父親だからといって、アイリスはもう我が妻で、フォンテーヌ公爵家の者だ」
「だからといって……! アイリスに社交など……出来るはずがないのです! こんな所に連れてくるなんて」
と、ラファエル公爵とアイリスの父ヴァロア男爵は人目も憚らずに揉め出すから。
なんだなんだと人集りが出来て、蚊帳の外になったアイリスはラファエル公爵から引き離されてしまう。
一人ポツンと遠く離れた場所で夫と父親が揉める姿を眺めるアイリスは、気付けない。
……後ろからのびてくる手に。
アイリスがそれに気付いた時にはもうその腕の中で、口を塞がれ抵抗することも録に出来ずに。
……連れ去られた。
そしてラファエル公爵が、アイリスが自分の側から居なくなった事に気付いたのは連れ去られた後。
「アイリス……?」
ようやく気付いたラファエル公爵は、周囲を見渡すがその姿はなく。
夜会の会場全体に目を凝らし必死で探すそのラファエル公爵のその様子に。
「……公爵様? どうされた?」
そんなラファエル公爵に今まで言い争っていたアイリスの父、ヴァロア男爵が何事かと声をかければ。
「妻が、アイリスがいない……!?」
「え……アイリス?」
186
お気に入りに追加
3,216
あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。
そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。
ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。
そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……?
※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。
光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。
最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。
たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。
地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。
天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね――――
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる