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42 引きこもりに社交
しおりを挟む絢爛豪華な夜会の片隅で、その場に不釣り合いな性格の似た者同士が奇跡的に出会いを果たす。
その出会いを周囲の者達は好意的に受け入れた。
だがこの二人が楽しそうに話す内容は夜会という社交の場にそぐわないものなのだが。
誰もそれに気付けない。
「『エレノアさんの壁の花、決まってました!』」
「『ふふっ、長年に渡り壁の花の研究と鍛練の結果ですわ! 気配を消し過ぎないのがコツです』」
「『ぜひ私にもご教授頂きたいです……!』」
「『そんな事でよろしければいくらでも! だってアイリスさんは私とは同志、そして本日からは親友ですから! やはり衆道と官能は至高であり、それは淑女の嗜みっ……!』」
アイリスの手を取って、エレノア王女は熱意に満ちた眼差しで熱弁をふるい始める。
「『エレノアさん……! そんな大声で……!』」
「『はっ! つい……同志に出会えた喜びで!』」
そんな話を、深窓の令嬢のような二人がキラキラとした笑顔で楽しそうに話しているなんて。
微笑ましく、そして好意的に二人を見ている周囲の者達は気付くことが出来ない。
それはアイリスと王女が話す公用語が流暢過ぎて、全く聞き取れないから。
「アイリス……? 王女殿下と何をそんなに楽しそうに話しているんだ? それに公用語、話せたのだな」
ラファエル公爵はエレノア王女と楽しそうに話すアイリスに声をかける。
「っえ……っと、その……王女様とは読書について話しておりました。隣国の書物を読むのが私は好きなので、少しだけですが話せます」
「そう、なのか。知らなかった、すごいな」
「いえ、そんな! ……少しだけ、です」
……少し話せる程度ではない。
アイリスは読む本がアレなだけに、スラングについても知り尽くしている。
「……そうか、友人が出来てよかったな?」
「はい、あ……ごめんなさい、つい王女様と話すのに夢中になってしまいました! 社交……しなきゃ……!」
「アイリス君は何を言っているんだ? 君は今、立派に社交をしているよ?」
「え……?」
「社交というか……外交だが、君が王女殿下と楽しげに話してくれたお陰で気分を良くした隣国の大使との外交が円滑に進んでいるとアイリーン王太子妃とシュナイゼル王太子殿下、それに宰相が喜んでいるよ?」
「が……外交……!?」
……エレノア王女とは、人には言えないようなえっちで下世話な本の話をして、盛り上がっていただけなのに?!
「アイリス、君のおかげで王家にも恩を売れたし、君は立派に公爵夫人として……いやそれ以上の仕事をしてくれた、助かったよありがとう」
「え……はい……?」
社交がこれでいいのなら楽だし楽しかったけど、話の内容について聞かれたら困るなとアイリスは思った。
そしてエレノア王女殿下とは今度二人きりでお茶会をして熱く語り合う約束をアイリスは交わす。
友人というより同志が出来た瞬間である。
そして当初の目的通りラファエル公爵にエスコートされて仲良しアピールするために、挨拶周りをアイリスは開始するが。
引きこもりの人見知りは早々に心労で、顔面蒼白になりぐったりとして。
深窓の令嬢メッキが剥がれ落ちそうになるから。
「……今夜はこの程度にしようか?」
「う……はい……ごめんなさい……!」
「誰にでも苦手な事はある、無理しなくていい」
ラファエル公爵の優しい気遣いと言葉が有り難くて嬉しくて、アイリスの胸の鼓動は早くなっていく。
見つめ合う二人、それはなかなかに良い雰囲気で。
だがそんなアイリスとラファエル公爵の二人に近づく影に、アイリスが敏感に気付く。
「っげ……お父様……!」
咄嗟に父親を睨み付けるアイリス。
今生の両親に対してはぷるぷるうち震えるのではなく、アイリスは立派に威嚇する事が出来るらしい。
「アイリス、夜会になんて来て何をしている!?」
アイリスの今生の父、ヴァロア男爵は。
まさか王城で開かれる夜会に、引きこもりのアイリスが来ているなんて想像だにしなかったから。
それはそれは驚いた。
「お父様、それはっ……!」
「それに公爵様! 娘を夜会に連れてくるなんて……何を考えておられる!? 領地に籠らせると聞いたから嫁に出したのに……こんな子に社交なんて……!」
ラファエル公爵に、これでは話が違うとアイリスの父であるヴァロア男爵は顔を赤くして、いい募る。
「妻を侮辱するのは止めて貰おうヴァロア男爵。いくら実の父親だからといって、アイリスはもう我が妻で、フォンテーヌ公爵家の者だ」
「だからといって……! アイリスに社交など……出来るはずがないのです! こんな所に連れてくるなんて」
と、ラファエル公爵とアイリスの父ヴァロア男爵は人目も憚らずに揉め出すから。
なんだなんだと人集りが出来て、蚊帳の外になったアイリスはラファエル公爵から引き離されてしまう。
一人ポツンと遠く離れた場所で夫と父親が揉める姿を眺めるアイリスは、気付けない。
……後ろからのびてくる手に。
アイリスがそれに気付いた時にはもうその腕の中で、口を塞がれ抵抗することも録に出来ずに。
……連れ去られた。
そしてラファエル公爵が、アイリスが自分の側から居なくなった事に気付いたのは連れ去られた後。
「アイリス……?」
ようやく気付いたラファエル公爵は、周囲を見渡すがその姿はなく。
夜会の会場全体に目を凝らし必死で探すそのラファエル公爵のその様子に。
「……公爵様? どうされた?」
そんなラファエル公爵に今まで言い争っていたアイリスの父、ヴァロア男爵が何事かと声をかければ。
「妻が、アイリスがいない……!?」
「え……アイリス?」
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