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36 それはほぼ般若

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 ドレスに宝飾品、お化粧道具の数々に至るまでを前公爵夫人と一緒にお買い物したアイリスは帰りの馬車でぐったりと疲れきっていつの間にか眠ってしまい。

 ……なんだか柔らかでとてもいい匂いにのっそりと目を開けると、前公爵夫人のお膝の上で膝枕されて目が覚めるという。

 穴があったら入りたい恥ずかしすぎる状況で。

「え、……あ! す、すいませんつい眠ってしまいました! お膝、ごめんなさい……」

「あら、そんな事気にしなくてもいいのよ? アイリスちゃんの可愛い寝顔を一人占めに出来たんですものっ! 疲れちゃったのね、ふふっ、可愛いわ!」

 どっからどうみても確実にマナー違反な行為なのに、前公爵夫人は嬉しそうに微笑んだ。

「……そうです、アイリスがそんな事を気にする必要はありません、無理矢理貴女を外に連れ出した母が悪いんですよ」

「へ……? こっ……公爵様!? どうして」

 その声に、アイリスが目の前の席を見れば何故かラファエル公爵がそこにはいて。

「貴女が母に無理矢理連れ去られたと聞いて急ぎ駆け付けました、そしたらアイリスは疲れて眠っておりましたので……」

「連れ去られたなんて人聞きの悪い! 可愛い娘とお買い物に行っていただけよ? アイリスちゃんが可愛くていっぱい買っちゃったわ!」

「アイリスに構うなとあれ程私は母上に言ったはずですが? 外になんて連れ出さないで頂きたい」

「可愛いアイリスちゃんを誰にも見られたくないからってお屋敷に閉じ込めちゃだめよ? 独占欲の強い男はね、嫌われるわよラファエル」

 ラファエル公爵と前公爵夫人の視線が、バチバチと火花を散らし激しくぶつかり合った。

 そして激しく火花を散らし威嚇しあう二人を、よく似ているな、さすがは親子! 

 と、その火花散らす原因のアイリスは、のんびりとまた傍観者を決め込んで微笑ましく二人を眺める。

「……とりあえず馬車を降りますよ、アイリス、母に付き合わされてさぞかし疲れたでしょう? 部屋でゆっくりと休んで下さい」

「え? いえ、そんな……はい」

 ラファエル公爵が先に降りてエスコートしてくれる、馬車はもう屋敷に着いていたらしい。

 

◇◇◇



 そして部屋に戻ったアイリスは、尻だけでなく全身に渡る痛みでよろよろと寝台に突っ伏した。

 その引きこもりの身体には無駄な肉が殆どなく筋肉すらないから、馬車の弾みがモロに身体にくるのだ。

 肉のない尻は固い座席に座ってるだけでも痛い。

 なのに本日は前公爵夫人の膝を借りたとしても、うたた寝して固い座席で全身を強打した。

 それは普段の怠惰な生活、そして貧弱過ぎる己の身体ゆえの自業自得ではあるが地味に痛い。

 これは明日、寝たきりで起き上がれないなと覚悟してそのままぐったりと眠りについた。

 本日も引きこもりらしからぬ早寝である。

 

 そして翌日、なんやら外が騒がしいな?

 と、お昼過ぎまでゆっくりと惰眠を貪ったアイリスは、まだ身体は痛いがよたよたと起き上がり。

 野次馬根性を丸出しにして何事かと部屋をいそいそ出てえっちらおっちらと、玄関まで向かえば。

 ……公爵邸の玄関で、ラファエル公爵の元彼女が執事リカルドと何やら騒がしく揉めて絶賛修羅場中。

 その修羅場をアイリスは、こっそり隠れて好奇心丸出しにウキウキ観賞しようとしていると、後ろから専属メイドジェシカに声を掛けられた。

「アイリス様、早くお部屋にお戻り下さいませ」

「ジェシカ、これはいったい……どうして?」

 生の修羅場、本物の昼ドラ!

 あれ……でも、この時間ラファエル公爵が仕事でいないの彼女さんもわかってる筈なのにどうしてだろ? 

「あの方は突然こちらにやってこられて、アイリス様を出せと、先程からずっと騒いでおられて……」

 ええっ、目的は私……? 

 それは話が全然違ってくるぞ?

 私に修羅場なんて出来る筈がない。

「お義父様とお義母様は……?」

 だが今、この屋敷には頼もしい方達がいる!

「お二人はお出掛けになられております、ですのでアイリス様はお部屋にお戻りください、不快になるだけでございます」

「まじか……」

 ……肝心な時に頼れそうな人達がいない。

 私はお飾りの妻、ただここに居るだけであって人畜無害な存在なのにどうして?

 揉めている執事リカルドと、元彼女さんを物陰に隠れてちらりとアイリスは様子をうかがう。

「早くあの泥棒猫を出しなさいな、リカルド?」

「何度そう申されましても奥様を呼ぶわけにはいきません、ご自分のお立場をお考え頂けませんか?」

「なんですって……! たかだか執事の分際で、この私に……なんていう口の聞き方ですか!」

 ラファエル公爵の元彼女は、執事リカルド相手に激昂するから綺麗な顔がまるで般若のようで。

 うわっ……こわっ……!

 物陰に隠れ、びびるアイリス。

「……たかが平民ごときが、貴族である公爵夫人をそんな風に呼ぶなんて不敬が過ぎますよ? 貴女はもう公爵様のお気に入りではない、調子に乗るのもいい加減にしないと痛い目を見る事になると、私は親切丁寧にお知らせしているだけですが……?」

 わぁ……! すごい修羅場ってる……!

 リカルドの応戦も凄い……!

 これ本物の昼ドラの世界だ……!

 こっそり物陰に隠れ野次馬するアイリスは、ジェシカの言うことを全く聞かず嬉々として修羅場を展開する執事リカルドと元彼女を観賞するあまり夢中になってもう物陰に隠れられていないから。

「あら? そんな所にいらしたのね、泥棒猫さん?」

「へ……? あ……やべ……」

 般若に見つかってしまう。

 引きこもりはアホの子だった。
 
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