【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅

文字の大きさ
上 下
36 / 52

36 それはほぼ般若

しおりを挟む


 ドレスに宝飾品、お化粧道具の数々に至るまでを前公爵夫人と一緒にお買い物したアイリスは帰りの馬車でぐったりと疲れきっていつの間にか眠ってしまい。

 ……なんだか柔らかでとてもいい匂いにのっそりと目を開けると、前公爵夫人のお膝の上で膝枕されて目が覚めるという。

 穴があったら入りたい恥ずかしすぎる状況で。

「え、……あ! す、すいませんつい眠ってしまいました! お膝、ごめんなさい……」

「あら、そんな事気にしなくてもいいのよ? アイリスちゃんの可愛い寝顔を一人占めに出来たんですものっ! 疲れちゃったのね、ふふっ、可愛いわ!」

 どっからどうみても確実にマナー違反な行為なのに、前公爵夫人は嬉しそうに微笑んだ。

「……そうです、アイリスがそんな事を気にする必要はありません、無理矢理貴女を外に連れ出した母が悪いんですよ」

「へ……? こっ……公爵様!? どうして」

 その声に、アイリスが目の前の席を見れば何故かラファエル公爵がそこにはいて。

「貴女が母に無理矢理連れ去られたと聞いて急ぎ駆け付けました、そしたらアイリスは疲れて眠っておりましたので……」

「連れ去られたなんて人聞きの悪い! 可愛い娘とお買い物に行っていただけよ? アイリスちゃんが可愛くていっぱい買っちゃったわ!」

「アイリスに構うなとあれ程私は母上に言ったはずですが? 外になんて連れ出さないで頂きたい」

「可愛いアイリスちゃんを誰にも見られたくないからってお屋敷に閉じ込めちゃだめよ? 独占欲の強い男はね、嫌われるわよラファエル」

 ラファエル公爵と前公爵夫人の視線が、バチバチと火花を散らし激しくぶつかり合った。

 そして激しく火花を散らし威嚇しあう二人を、よく似ているな、さすがは親子! 

 と、その火花散らす原因のアイリスは、のんびりとまた傍観者を決め込んで微笑ましく二人を眺める。

「……とりあえず馬車を降りますよ、アイリス、母に付き合わされてさぞかし疲れたでしょう? 部屋でゆっくりと休んで下さい」

「え? いえ、そんな……はい」

 ラファエル公爵が先に降りてエスコートしてくれる、馬車はもう屋敷に着いていたらしい。

 

◇◇◇



 そして部屋に戻ったアイリスは、尻だけでなく全身に渡る痛みでよろよろと寝台に突っ伏した。

 その引きこもりの身体には無駄な肉が殆どなく筋肉すらないから、馬車の弾みがモロに身体にくるのだ。

 肉のない尻は固い座席に座ってるだけでも痛い。

 なのに本日は前公爵夫人の膝を借りたとしても、うたた寝して固い座席で全身を強打した。

 それは普段の怠惰な生活、そして貧弱過ぎる己の身体ゆえの自業自得ではあるが地味に痛い。

 これは明日、寝たきりで起き上がれないなと覚悟してそのままぐったりと眠りについた。

 本日も引きこもりらしからぬ早寝である。

 

 そして翌日、なんやら外が騒がしいな?

 と、お昼過ぎまでゆっくりと惰眠を貪ったアイリスは、まだ身体は痛いがよたよたと起き上がり。

 野次馬根性を丸出しにして何事かと部屋をいそいそ出てえっちらおっちらと、玄関まで向かえば。

 ……公爵邸の玄関で、ラファエル公爵の元彼女が執事リカルドと何やら騒がしく揉めて絶賛修羅場中。

 その修羅場をアイリスは、こっそり隠れて好奇心丸出しにウキウキ観賞しようとしていると、後ろから専属メイドジェシカに声を掛けられた。

「アイリス様、早くお部屋にお戻り下さいませ」

「ジェシカ、これはいったい……どうして?」

 生の修羅場、本物の昼ドラ!

 あれ……でも、この時間ラファエル公爵が仕事でいないの彼女さんもわかってる筈なのにどうしてだろ? 

「あの方は突然こちらにやってこられて、アイリス様を出せと、先程からずっと騒いでおられて……」

 ええっ、目的は私……? 

 それは話が全然違ってくるぞ?

 私に修羅場なんて出来る筈がない。

「お義父様とお義母様は……?」

 だが今、この屋敷には頼もしい方達がいる!

「お二人はお出掛けになられております、ですのでアイリス様はお部屋にお戻りください、不快になるだけでございます」

「まじか……」

 ……肝心な時に頼れそうな人達がいない。

 私はお飾りの妻、ただここに居るだけであって人畜無害な存在なのにどうして?

 揉めている執事リカルドと、元彼女さんを物陰に隠れてちらりとアイリスは様子をうかがう。

「早くあの泥棒猫を出しなさいな、リカルド?」

「何度そう申されましても奥様を呼ぶわけにはいきません、ご自分のお立場をお考え頂けませんか?」

「なんですって……! たかだか執事の分際で、この私に……なんていう口の聞き方ですか!」

 ラファエル公爵の元彼女は、執事リカルド相手に激昂するから綺麗な顔がまるで般若のようで。

 うわっ……こわっ……!

 物陰に隠れ、びびるアイリス。

「……たかが平民ごときが、貴族である公爵夫人をそんな風に呼ぶなんて不敬が過ぎますよ? 貴女はもう公爵様のお気に入りではない、調子に乗るのもいい加減にしないと痛い目を見る事になると、私は親切丁寧にお知らせしているだけですが……?」

 わぁ……! すごい修羅場ってる……!

 リカルドの応戦も凄い……!

 これ本物の昼ドラの世界だ……!

 こっそり物陰に隠れ野次馬するアイリスは、ジェシカの言うことを全く聞かず嬉々として修羅場を展開する執事リカルドと元彼女を観賞するあまり夢中になってもう物陰に隠れられていないから。

「あら? そんな所にいらしたのね、泥棒猫さん?」

「へ……? あ……やべ……」

 般若に見つかってしまう。

 引きこもりはアホの子だった。
 
しおりを挟む
感想 223

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

クレアは婚約者が恋に落ちる瞬間を見た

ましろ
恋愛
──あ。 本当に恋とは一瞬で落ちるものなのですね。 その日、私は見てしまいました。 婚約者が私以外の女性に恋をする瞬間を見てしまったのです。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...