32 / 52
32 黒歴史
しおりを挟む帰りの馬車の中で、自分の不手際で不快にさせてすまなかったとラファエル公爵に謝罪されて逆に申し訳ない気持ちにアイリスはなってしまった。
……だって自分がもっと貴族らしければ、彼女も自分にあんな態度を取る事はなかっただろし、二人に謝罪させる事も無かったのだから。
肩書きだけの公爵夫人で不出来な自分。
貴族らしく振る舞えないからあの陽キャにも好き勝手されるし、平民にも舐められて馬鹿にされる。
みんなが出来る事を自分は出来ないと、ジクジクとその心を蝕みアイリスが自分に自信が持てず思ったことを口に出来ないその理由は。
両親に捨てられ売られるようにして、たった十五歳でお飾りの妻にさせられた事実で。
アイリスにとっては、ファエル公爵の言葉や態度自分に対する行いなんてどうせ契約だけの関係だと最初から割り切っていたから、苛立ちはあったものの些末なもので。
目の前で元彼女とラファエル公爵が何かしてても、それは他人事として傍観し不快にすらならなかった。
けれど、ラファエル公爵にアイリスは謝罪されてしまい何も出来ない自分に申し訳なくなって。
胸の底で眠っていたアイリスにとっての黒歴史が思い出されて、とても暗い気持ちになった。
「アイリス様……お元気がございませんが、王城で何かございましたか?」
ドレスを脱いで湯浴みを終えたアイリスに、ジェシカが心配そうに声をかける。
アイリスの顔色がとても悪い。
それは走馬灯のように今まで沢山やらかして来た、しょうもない失敗を思い出してアイリスは心の中で、盛大にのたうち回っているからだ。
思い出したくないのに、しょうもない失敗ばかりが芋づる式に思い起こされアイリスはズタボロである。
「……ちょっと疲れちゃった、今日はもう寝るね?」
「そうでございますか、ではかしこまりました。何かございましたらお呼び下さいませ、アイリス様」
「うん、ジェシカおやすみ」
「おやすみなさいませ、アイリス様」
そんなアイリスを目の当たりにしてしまった、専属メイドである侍女のジェシカは。
アイリスの状態をとても心配して、珍しくジェシカ自らがラファエル公爵の元に赴いて直接その様子を報告する事にした。
普段はアイリスの様子なんか聞かれても言葉を濁し、適当に執事リカルドを挟んでラファエル公爵に報告するジェシカが、それはもう鬼気迫る様子で直接報告しにきたから。
ラファエル公爵は今日の事をとても重く受け止めて、執事リカルドを執務室に呼びつけた。
「リカルド? アイリスには公爵夫人の仕事をさせなくていい、好きなことだけやらせてやれと私は……言ったはずだが?」
「それはっ……」
「繊細で大人しい彼女に社交は無理だ、王城に来させるなんてもっての他で、屋敷から出そうとするな」
「ですが……奥様はこのフォンテーヌ公爵家の唯一の公爵夫人です、社交界に顔を出さない公爵夫人など……どこを探してもおられませんし……それに……ご両親も」
ラファエル公爵の言葉に執事リカルドは、何か異論があるのか珍しく歯向かう。
その様子に裏で前公爵夫妻に執事リカルドは色々と指示されているのだろう事がその言動だけでラファエル公爵には理解出来た。
「……私は彼女に公爵夫人としての役割を求めてはいない、社交活動はこれまで通り私一人で行う、父や母にリカルドお前が何を言われてるのかは知らないが、今は私がこの家の当主だ、私の命令を聞きなさい」
「……かしこまりました」
「それと……なぜアイリスは宝飾品の一つも身に付けていない? ドレスもあまりにも質素すぎる、今まで十分な予算を彼女に与えていたはずだが?」
「っ……それはアイリス様があまりそういったものを好まれませんので……それに外出される事も今まであまりなく……」
「早急にドレスと宝飾品を整えよ! 外出するしないや、公爵夫人なんて関係なく、彼女は我が妻だ、みすぼらしいドレスなど許されない」
「はい、早急に……致します」
あまり納得していなさそうな表情の執事リカルドは、ラファエル公爵に一礼してその場を後にした。
その後ろ姿を見送りラファエル公爵は大きな溜め息を吐く、執事リカルドが自分の命令ではなく前公爵夫妻に指示を仰ぎ行動するのは元はといえば自分が好き勝手してきたから。
だがその好き勝手してきたツケを、自分ではなくアイリスに支払わせるような状況になってしまっている事実にラファエル公爵は頭を悩ました。
……アイリスと話していてわかった。
素直で純粋そして繊細な性格のアイリスに社交界で腹芸なんて、絶対に無理だ。
それに大人しく言い返す事も出来ないアイリスに、外の世界はあまりにも危険過ぎる。
屋敷から出たくないのなら丁度いいと誰にも奪われないように隠していたのに、勝手に外に出しやがってとラファエル公爵はリカルドに怒り覚える。
今日は奇跡的に気付いて助けてやれる事が出来たが、もし自分が助けなかったら……?
背筋がぞわぞわとして考えるだけで気持ち悪く、ラファエル公爵は腸が煮え繰りかえる。
……ややこしいのに目を付けられた。
あれはの皇后の生家であるブリエンヌ公爵家の息子、といっても三男だから力はないが。
それに……アンリエット、手切れ金も渡しもう二度と関わらないと契約まで交わして終わったはずなのに。
初めはあんな酷い性格じゃなかった、明るくてあんな態度を人に対して取るような事は決してなかったのに、いつの頃からか傲慢になった。
考える事が山積みのラファエル公爵は、再び大きな溜め息を頭を抱えながら吐いた。
171
お気に入りに追加
3,182
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。
そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。
ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。
そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……?
※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
貧乏伯爵令嬢は従姉に代わって公爵令嬢として結婚します。
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ソレーユは伯父であるタフレット公爵の温情により、公爵家から学園に通っていた。
ソレーユは結婚を諦めて王宮で侍女になるために学園を卒業することは必須であった。
同い年の従姉であるローザリンデは、王宮で侍女になるよりも公爵家に嫁ぐ自分の侍女になればいいと嫌がらせのように侍女の仕事を与えようとする。
しかし、家族や人前では従妹に優しい令嬢を演じているため、横暴なことはしてこなかった。
だが、侍女になるつもりのソレーユに王太子の側妃になる話が上がったことを知ったローザリンデは自分よりも上の立場になるソレーユが許せなくて。
立場を入れ替えようと画策したローザリンデよりソレーユの方が幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる