上 下
30 / 52

30 ご褒美

しおりを挟む


 右よーし、左よーし!

 うん、大丈夫。

「アイリス、どうした……?」

「え、その、安全確認を……しておりました」

 近衛隊長の部屋を出て、あの痴漢陽キャがいないか周囲の安全確認をしていたらその行動がおかしかったようで、アイリスはラファエル公爵に不審がられた。

 だが安全確認はとっても大事。

 陽キャに陰キャは決して近づくべからずで、触らぬ神に祟りなしがアイリスの格言なのだ。

「……大丈夫、私が君の側にいる限りもう手出しはさせないよ? それに厳重に彼の家にはキッチリと抗議しておくし、君が私の妻だとわかったんだ、それなのに手を出すなんていくらなんでも馬鹿なまねはしないだろう」

「え、ええ……そうですね……?」

 ……それなら大丈夫かな?

「さあ、行こうか?」

 スッ……と、慣れたように腕を出してエスコートしてこようとする待機するラファエル公爵は、期待に満ちた面差しで。

 仕方ないな……と、アイリスはラファエル公爵に馬車まではエスコートされる事にしたが。

 馬車の座席に座り自分のお膝をポンポンして、ここにおいでおいでしてくるラファエル公爵は、にこにことした笑顔で期待の眼差しをアイリスに向ける。

「あの……公爵様? お膝ポンポンして笑顔で待機されても私は絶対にソコに座りませんからね?!」

「えぇっ……」

 そんな捨て犬みたいな顔して、しょんぼりされても恥ずかしいので断固お断りである。

 ……この人が冷徹って噂は絶対に嘘でしょ。

 最近は仏頂面すらもしなくなってきたよ!?

 
 そしてやってきましたのは。 

 手芸用品を扱うお店!

 ……え、これ……手芸屋!?

 宝飾品店と言ってもよさそうな重厚な外観にキラキラとした内装で、私が行ったことある手芸屋とは明らかに一線を画していた。

「あの、公爵様……? ここって本当に手芸屋さんですか? 私が知っている手芸屋さんとはだいぶ……」

「ん? ごく普通の手芸屋だが? ここは母がよく使ってる店だな、何度か昔に付き合わされた事がある」

「あ……お義母様がお使いになられて……」

 さっさとフォンテーヌ公爵家の家督をラファエル公爵にお譲りになられて、悠々自適に隠居生活されているお義父様とお義母様は、多彩な趣味をお持ちとお聞きする。

 そのお義母様が御用達のお店ということは。

 ここはとってもセレブリティな空間という事で!

 貧乏男爵家出身の野暮ったい引きこもりニートの私が来てもいいようなお店ではきっとない。

 だって手芸屋なのに高貴な雰囲気が漂っている!

 そして手芸屋への入店に、あわあわと尻込みする引きこもりを他所にラファエル公爵は事も無げにアイリスを引きずるように店に入る。

「さあアイリス、好きなものを選びなさい、何でも好きなだけ買ってあげるから!」

「え……あ、はい……」

 好きなものを選べと言われてもいつも行く手芸屋との雰囲気の差に動悸を覚えながらアイリスは、恐る恐る刺繍糸を選ぶ。

 ……大丈夫、セレブリティでも糸は糸!

 ……いやでも? これ……!

 いつも使ってるのと明らかに違う、高級品だ!

「あらあら、いらっしゃいませ、お坊っちゃん! 本日は……公爵夫人と御一緒ではないのですね?」

 店の奥からやってきた店主らしきお婆さんにラファエル公爵は、お坊っちゃんと声をかけられて。

「ああ、今日は母と一緒ではないよ。妻と一緒にきた、彼女が新しいフォンテーヌ公爵夫人だ」

「まあまあ! そうなのでございますね、おめでとうございます、近頃いらっしゃらないから寂しくおもっていたのですよ!」

「両親達は今、王都にはいないからな……、戻ったら寂しがっていたと伝えよう。これからは我が妻がこの店を贔屓にするだろうから顔を覚えてやってくれ」
 
「まあ、それではまたお坊っちゃんも一緒にいらして下さいね、ふふっ! こんな可愛らしい奥様をお嫁さんに貰えるなんて……よかったですねぇ……!」

 涙を目尻に浮かべ、本当に嬉しそうにするお婆さんはラファエル公爵をにこにこと眺める。

「ああそうだな、とても素晴らしい妻を貰ったと思っている、巡り合わせてくれた神に感謝しているよ」

 ……最初はお飾りの妻で、私にはなにも期待してない的な事を言ってた癖に、よく言うもんである。
 
「奥様! ご要望の商品はございましたか?! もし見当たらなければお取り寄せもさせていただきますからね! あらあら、刺繍糸をご覧になっておいでですのね、そういえば新作の図案も入荷したばかりで……」

 その後、店主らしきお婆さんはラファエル公爵から離れてアイリスの側に来て商品の説明を開始して。

 とても元気なお婆さんに圧倒されながらも、一通り欲しいものをどうにか選び終えて。

 ラファエル公爵と共に店を出たアイリスは。

「ありがとうございます公爵様、でも、あの……こんなに沢山買って頂いて……その、大丈夫なのですか?」

「え、こんなにって……これのどこが!? もっと沢山買っていいんだよ? 君は本当に遠慮のしすぎだ」

「ええ!? いえ、これだけあれば十分すぎるくらいで……それにいつも行くお店より高級品ばかりで……申し訳ないです……こんなに高いとは……!」

「いや全然高くはないだろう……? 何を言って……」

 母が来たときはこれの数倍は余裕で金を使う。

 なのに、これっぽっちでとても申し訳なさそうにするアイリスにラファエル公爵はとても驚かされた。

 いくら実家の男爵家がそこまで裕福でなくても、貴族の令嬢がこの程度の品と金額におどおどするなんて、何かおかしい。

 それに公爵領で閉じ込めていた三年間も公爵夫人としてそれなりの生活費とお小遣いをアイリスにラファエル公爵は出していたはずで。

 ……アイリスが、その身に纏うのは。

 とても質素な既製品のドレス、そしてドレス姿なのに宝飾品が一つも見当たらず。

 これでは公爵夫人だとは誰も思わないだろう。

 ああ、だからあの馬鹿はアイリスの事を下位の貴族令嬢だと思って……言い寄っていたのか。

 多少の無茶をしても家の力でどうにか出来ると。

「あの……公爵様……? どうされました? とても怖いお顔なされて……やっぱり買いすぎました?」

「え? ああいや……考え事をしていただけだよ? そうだ街に来たついでにカフェにでも行くか? 美味しいタルトの店が直ぐそこにあるが」

「えっ、タルト! たっ……食べたいです……けど、いいのですか!? こんなに買って貰ったのに……」

「……ああ、私も甘いものは好きだから付き合ってくれると、嬉しいが?」 

「喜んでお付き合いしますっ!」

 アイリスは量は少ししか食べれないが、甘いものが大好物で一も二もなくラファエル公爵のその提案に飛び付いた。
しおりを挟む
感想 223

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

処理中です...