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29 引きこもり初めてのおつかい

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 ラファエル公爵の視線をひしひしと感じる。

 どうしてそんな穴が空くほど見られているのかとアイリスはチラリとラファエル公爵を見上げる。

 そうすると黄金に輝く瞳と視線が重なり合い、アイリスは咄嗟に目を伏せてしまう。

 ……なんかすごく険しい顔をしてるけど、私ラファエル公爵に怒られるような事なんかしたっけ……?

 陽キャの痴漢に言い寄られてた所をラファエル公爵が助けてくれて、その流れで今この近衛隊長の部屋にアイリスはいるわけで。

 ……もしかしてお仕事増やしちゃったかな?

 あの陽キャ、確か近衛だって言ってたし職場の人間関係に歪みを私は生んでしまったのかもしれない。

 ここは一応謝っとくべきなのだろうか?!

「あの……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

「迷惑……?」

「私が不甲斐ないばかりに、その……公爵様にお手数をお掛けして……本当にすいませんでした!」

 大事なお仕事の邪魔してすいません!

 ありがた迷惑をしてしまった、そんな気がする。

 やはり私は屋敷て大人しく静かに引きこもってる方が世の中は平和になると思う。

「アイリス、君は何を謝っているんだ? アレが勝手に君に言い寄るなんてふざけた事をしていただけだろう? 君が謝る必要なんて何もないんだ、どちらかと言えば隊の者をしっかりと教育出来ていなかった私が悪い、すまない」

「え……いえ、私がきちんと対応出来ていれば……!」

 コミュ障ですいません。

 陽キャ野郎に言い返せなくてすいません。

 社交が出来なくてすいません。

「それに……私の我が儘で君を領地に閉じ込めて社交界から遠ざけ、妻だと周知しなかったからこうなったんだ……だから君は何も気にするな、怖かっただろう? まだ震えているし……涙が……」

「え? ……あ、はい……」

 いや、これは別に怖かったんじゃなくて怒りでプルプルと打ち震えて睨み付けていたただけです。

 そして目に力を入れて必死に睨んでいたら、目元が潤んだだけなんです。

 ……なんて、ラファエル公爵に言える雰囲気ではないから、アイリスは大人しく黙っておく。

 アイリスは余計な事は絶対に言わない、きちんとお口はチャックが出来る慎ましやかな深窓の令嬢だ。

「少し待っててくれ、一緒に帰ろう? だが……どうしてアイリス、君はここに?」

「え、あ! これ……お仕事の書類です、リカルドに頼まれて公爵様にお届け物です」

「チッ……リカルドのヤツ、また余計な事を」

「……え?」

 今、舌打ちしなかった?

 ラファエル公爵が舌打ち!?

 高位貴族が舌打ちしよったー!

「……アイリス、リカルドの言うことは聞かなくていい、あれは公爵家の事しか考えていないからな」

「公爵家の事……ですか」

「元はといえば私が好き勝手していたから悪いんだが……あれは君に公爵夫人としての役割をさせようとばかりしているからな、うちの使用人達は余程彼女の事が嫌だったらしいからな……」

「え……あー、みたいですね?」

 結婚当初、領地に行く前からそれは知ってました、使用人さん達の態度がとてもわかりやすくて。

 ……そりゃまあ嫌だろうな。

 この国には確固たる身分制度があって、公爵家という使用人達の中でも憧れの家に就職できたのに、平民に仕えるなんてそりゃ嫌だろう。

 そしてフォンテーヌ公爵家の使用人達は高貴なる者に仕える栄誉を長い間奪われていたのだから。

 またそうなるんじゃないかと不安になる気持ちも、わからんでもないが。

 ただ私が高貴かと言われると……微妙な気が。

 一応、貴族令嬢だけど!?

 実家は貧乏男爵家だし……?

「だからまた私が他所に現を抜かさないように、君には公爵夫人としての地位を確立させたいのだろう」

「それは……難しい……ですね」

 私に公爵夫人としての地位の確立とか、社交活動とかそれ絶対に無理です諦めて下さい。

「……心配しなくても、もう君以外の女性を愛するつもりはないんだけどね? 私は」

「え゛っ……」

 ラファエル公爵のその発言にアイリスは愛想笑いが剥がれ落ちて、つい嫌そうな顔を浮かべてしまう。

 だって現にそれは嫌だから。

「……っあはは! そうあからさまに嫌そうな顔をされると……結構傷つくな? ……まあ、自業自得だが」

 ラファエル公爵はアイリスのその態度に怒ってはいないようだったが、少し悲しそうな顔をしたから。

 アイリスは最近優しくしてくれるラファエル公爵に少しだけ罪悪感が芽生えて、ちょっとは優しくしてやるべきかと思った。

「も……申し訳ございません……!」

「ああ、そんな顔をしなくても私は大丈夫だよ? さて帰る用意が出来たが……ああそうだ! ……確かアイリスが欲しい物は刺繍の糸だったか? 時間もあるし今から買いに行くか?」
 
「え……」

「お使いのご褒美に好きなだけ買ってやろう」
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