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24 怠惰な生活の結果
しおりを挟む部屋の扉を開けてチラリと廊下を確認する。
……うん、だれもいない。
静かな夜にそろりと屋敷から抜け出して、夜のお庭へといそいそと隠れて引きこもりが赴く目的は。
部屋に引きこもってばかりでは、運動不足過ぎてちょっと足腰が弱ってきたなと自覚したからだ。
まだ18歳になったばかりだというのに足腰が弱るとは、いやこれはちょっと……不味いなと。
流石の引きこもりニートでも、その衰えた身体には強い危機感を覚えてしまったらしい。
冷たい夜風が頬を撫でる中で。
ワンピースの裾を揺らしながらアイリスは、意気揚々と公爵邸のお庭散歩という運動を開始する。
最初はすたすたと歩けていたアイリスだったが数分も経たない内に、ぜーはーぜーはーと荒い息を吐いて膝に手をついた。
アイリスが公爵領の屋敷に居たときは、部屋の外にくらいは出たりして遊んでいたし、たまには外出もしていた。
なのに、ここ王都に来て引きこもり許可がラファエル公爵から出されてからは、アイリスはずっと部屋からも出ずにゴロゴロダラダラと怠惰に、そして幸せに生活していた。
その幸せで穏やかな時間のツケが、今アイリスの身体に顕著に現れて息を切らしていた。
「はー、はー、ふうー、ちょっと……ほんのちょっとだけ……歩いた、だけっ……なのにっ!」
……己の不甲斐なさすぎる貧弱な身体に、アイリスはこの人生で初めて絶望した。
転生した先の今生の親が屑でも、姉が蔑んだ目で見てきても、お飾りの妻になっても。
アイリスは他人事として全てを処理し、逃避して生きてきたがこれは他人事として済ます事が出来なかった。
だってアイリスが転生したこの異世界は、医療は全然発達していないし、魔法なんて都合の良い素敵なものも存在しない。
なので悲しい事に病気なんかしたら、人生が即刻アウトであるからだ。
このままでは素晴らしき引きこもりライフに暗雲が立ち込めてしまうと、その空っぽの頭をアイリスは抱えて唸っていると。
「……アイリス? こんな時間に君はこんな所で一体何を……してるんだ?」
その声に振り向けば。
なぜかアイリスの後ろにはラファエル公爵が立っていて、訝しげに見下ろしていた。
「っえ……こ……公爵様! どうして……」
「いくら屋敷の庭といえども女性が夜に一人で出歩くものではない、何かあったらどうするんだ?」
「あ、えと……すいません、運動……してました」
「え、運動……? アイリス、君は歩いていただけだろう? いや、でも息が上がっているな……ん?」
これが運動?
と、驚くラファエル公爵に、自分の軟弱な身体がアイリスはとても恥ずかしくなって顔を赤らめる。
「うっ……歩く運動を……してました……!」
庭を歩いていただけで息が上がるなんて普段から身体を鍛え上げているラファエル公爵にとっては、にわかには信じがたいが……。
実際にアイリスは疲労困憊に見えるし、嘘をついている様子も見られない。
不思議な生物を見るような目でラファエル公爵はアイリスを観察して、ふと思いついたように。
「……なら、私も一緒に歩こうかな……久し振りにアイリスと話がしたいし、それなら安全だからな」
「公爵様と一緒に、ですか? えっ……私と?」
「アイリスは……私と一緒にいるのは嫌か……?」
「っい……嫌だなんてそんな事は……ないです」
たとえ一緒が嫌だとしても、一応は養ってくれているラファエル公爵に面と向かってそんな事が言えるほどアイリスは厚顔無恥ではない。
……それにそこまでアイリスは嫌ではない。
ラファエル公爵の事をアイリスは、まだちよっと苦手なだけで嫌いではなくなってきているから。
屋敷で好きにしていいとラファエル公爵が言ってから執事リカルドが何か言って来る事はなくなったし、本当に好きに生活させてくれているから。
「アイリスは……たまに庭に出て運動しているのか?」
「いえ、今日が初めてです」
「そうか……なら次からは私を誘ってくれないか? 知らないとは思うが……私も朝にだが鍛練をしているから一緒に運動を……その、しないか?」
「……公爵様が鍛練されているのは部屋の窓から何度か見かけた事がございます、ですが私とは比べ物にもならないので……お邪魔かと……」
「っえ、アイリスに見られていたのか。少し恥ずかしいな、声かけてくれればよかったのに……」
ここには月明かりしか明かりがないのに、ラファエル公爵がいつも仏頂面のその顔を、赤らめて照れているのが見えて。
アイリスは可笑しくなった。
「とても熱心にされておいででしたので……」
「っ……そうか。だが君がいても絶対に邪魔にはならん、逆にやる気が出ると思うから……一緒に出来れば……その、私は嬉しいのだが……嫌か? でも、アイリスに無理強いする気はないが……一人で運動するならせめて日中に……」
大きい身体なのにもじもじとこちらの様子を窺ってくるラファエル公爵は、どこか可愛く見えた。
最初の頃の冷たい印象はそこにはない。
「……では、明日からは……お誘い致します」
「いいのか!? なら待っているとしよう!」
「ですが……その、夜でもよろしいですか? 私、朝はとても苦手で……」
「夜か? ああ問題ないよ、明日からが楽しみだ」
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