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6 3年ぶり王都
しおりを挟む冷たい風が吹く。
馬車からエスコートされて降り立った王都のフォンテーヌ公爵家のお屋敷は旅立ったあの日のままで。
結婚式前後のほんの短い間しかこのお屋敷に滞在しなかったのに、懐かしさを私に感じさせた。
それと同時に、なぜ私はラファエル公爵に突然王都に呼び出されてしまったのかと、言い知れぬ不安が襲う。
あれ、私なんか……したっけ!?
なにもしていない自信ならあるんだけど。
実際私は公爵領のお屋敷に、ずっと引きこもって何もしていないから、身に覚えが無さすぎた。
静かに問題を起こさずお屋敷に引きこもっているから公爵家から支給されるお小遣いもそんなに使っていない。
それに公爵領に来てからは、この領地を私は一度たりとも出ていない。
領地内にある町には、リカルドとジェシカを伴って何度かお買い物にお出掛けしたことはあるけれど。
これは大変由々しき事態である!
……もしや私が深窓の令嬢ではなく、ただの引きこもりだって夫であるラファエル公爵に……バレた?!
ちゃんと深窓の令嬢を装って、か弱いお嬢様感をたっぷり出して大人しく静かに引きこもっていたのに……?
私の薄幸の美少女演技は完璧だったはずなのに。
それがなぜ演技だとバレた!?
いや、早合点するのはまだ良くない。
深呼吸だ私!
だがどんなに考えても、どうしてラファエル公爵に王都に呼び出されたのか思い当たる節が私にはなにも無かった。
それにしても、あの時誓ったのに私としたことがクッションを忘れて馬車に乗るなんて!
なんて馬鹿な事を私はしてしまったんだろうか?
数年経ってもやっぱり長時間馬車に乗ると尻が痛くなるなと、こっそりとアイリス尻を擦った。
そして領地から同行した執事リカルドの案内でアイリスはゆっくりと屋敷の中に入る。
またここの敷居を跨ぐ事になるなんて。
アイリスは予想してはいなかった。
一生あの公爵領から出ることを許される事なく、あのお屋敷でずっと一人ぼっちで過ごすとアイリスは思っていたから。
公爵の気分次第で私の人生は左右される。
貴族令嬢の人生なんて嫁いだ夫次第で決まる。
だからまあそんなもんだと最初から覚悟していたし、諦めてもいたし久し振りの外出を楽しもうじゃないかとアイリスはちょっとだけ、気持ちが吹っ切れた。
それにしても人生何があるかわからないなとしみじみしつつ、案内されてラファエル公爵のいる執務室に向かう。
長時間馬車に揺られて心身ともに疲れているとわかるだろうに、すこしの休憩もさせてはくれないらしい。
まあうん、そんなもんだよな。
私はお飾りの公爵夫人だし?
それに私は公爵家に嫁げるような身分でもない。
上位貴族に下位貴族の令嬢が嫁ぐなんて普通はありえない、後妻とかなら……まあ、あり得るが。
だからこの扱いは仕方ないのだ。
執事のリカルドがラファエル公爵のいる執務室の扉を叩いて入室の許可を取る。
「ラファエル様、リカルドです、奥様を只今お連れ致しました、失礼しても宜しいでしょうか?」
「ああ、入りなさい」
「失礼致します」
3年ぶりの夫との再開、だけど心は全く踊らない。
……これはここだけの話だが、正直に言うと夫の色彩はなんとなく覚えているがいまいち顔が思い出されない。
さて、夫はどんな顔だったっけな?
と、開かれた扉の先を私は静かに見据えて。
ああ、そうそうこんな顔だった。
イケメンというやつだった。
漆黒の髪に黄金の瞳、茶色の髪に茶色の瞳の私とは雲泥の差で。
とても豪華な顔立ちである。
と、少しだけ懐かしさを感じた。
「……やあ、息災だったかい? アイリス」
「ごきげんよう。ラファエル公爵様、おかげ様で元気に過ごさせて頂いております」
そして私は可愛らしく儚げに夫に微笑む。
貴族令嬢にとって笑顔は武器で美しいドレスは鎧、残念な事に美しいドレスは無いけれど。
私は笑う。
「そうか、それはよかった。領地に一人で住む君の事がずっとわたしは気になっていたんだ」
……ん?
私の何を、というか。
一体どこをラファエル公爵が気にする事が、あるのでしょうか……?
私が領地から逃げ出さないか……とか?
お飾りの妻だと言って回らないか……とか?
ちょっと言葉の意図がわからない。
「公爵様にわざわざお気に掛けていただきまして誠にありがとうございます。私は特に何も変わらずに、……公爵様のおかげでずっと領地のお屋敷から出ること無く、静かに過ごさせて頂いておりました」
「そうか、それなら。……うん、よかった」
何故ラファエル公爵はそんなに嬉しそうなのか。
私がずっと屋敷に居たから#よかったなのかな?
あと私の可愛い嫌味気付いてない?
なんか、ニコニコしてるよ? この人。
「……はい、あの……ラファエル公爵様それで……私は」
「ああそうだ、アイリス長旅で疲れただろう? 今日の所は部屋に行ってゆっくりと休むといい」
「え? あ……はい、公爵様のお心遣い感謝いたします、では……えっと……私は……お言葉に甘えさせて頂きまして失礼致します」
「ゆっくり休みなさい、明日また話そう」
「え……? はい、かしこまりました」
どうして私は王都に呼び出されたのか。
どうして急に夫が気遣いを見せたのか。
どうして突然私に優しい言葉を夫がかけたのか。
意味が全くわからない3年ぶりの再会だった。
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