上 下
6 / 52

6 3年ぶり王都

しおりを挟む


 冷たい風が吹く。

 馬車からエスコートされて降り立った王都のフォンテーヌ公爵家のお屋敷は旅立ったあの日のままで。

 結婚式前後のほんの短い間しかこのお屋敷に滞在しなかったのに、懐かしさを私に感じさせた。

 それと同時に、なぜ私はラファエル公爵に突然王都に呼び出されてしまったのかと、言い知れぬ不安が襲う。

 あれ、私なんか……したっけ!?

 なにもしていない自信ならあるんだけど。

 実際私は公爵領のお屋敷に、ずっと引きこもって何もしていないから、身に覚えが無さすぎた。

 静かに問題を起こさずお屋敷に引きこもっているから公爵家から支給されるお小遣いもそんなに使っていない。

 それに公爵領に来てからは、この領地を私は一度たりとも出ていない。

 領地内にある町には、リカルドとジェシカを伴って何度かお買い物にお出掛けしたことはあるけれど。

 これは大変由々しき事態である!

 ……もしや私が深窓の令嬢ではなく、ただの引きこもりだって夫であるラファエル公爵に……バレた?!

 ちゃんと深窓の令嬢を装って、か弱いお嬢様感をたっぷり出して大人しく静かに引きこもっていたのに……?

 私の薄幸の美少女演技は完璧だったはずなのに。

 それがなぜ演技だとバレた!?

 いや、早合点するのはまだ良くない。

 深呼吸だ私!

 だがどんなに考えても、どうしてラファエル公爵に王都に呼び出されたのか思い当たる節が私にはなにも無かった。

 それにしても、あの時誓ったのに私としたことがクッションを忘れて馬車に乗るなんて!

 なんて馬鹿な事を私はしてしまったんだろうか?

 数年経ってもやっぱり長時間馬車に乗ると尻が痛くなるなと、こっそりとアイリス尻を擦った。

 そして領地から同行した執事リカルドの案内でアイリスはゆっくりと屋敷の中に入る。

 またここの敷居を跨ぐ事になるなんて。

 アイリスは予想してはいなかった。

 一生あの公爵領から出ることを許される事なく、あのお屋敷でずっと一人ぼっちで過ごすとアイリスは思っていたから。

 公爵の気分次第で私の人生は左右される。

 貴族令嬢の人生なんて嫁いだ夫次第で決まる。

 だからまあそんなもんだと最初から覚悟していたし、諦めてもいたし久し振りの外出を楽しもうじゃないかとアイリスはちょっとだけ、気持ちが吹っ切れた。

 それにしても人生何があるかわからないなとしみじみしつつ、案内されてラファエル公爵のいる執務室に向かう。

 長時間馬車に揺られて心身ともに疲れているとわかるだろうに、すこしの休憩もさせてはくれないらしい。

 まあうん、そんなもんだよな。

 私はお飾りの公爵夫人だし?

 それに私は公爵家に嫁げるような身分でもない。

 上位貴族に下位貴族の令嬢が嫁ぐなんて普通はありえない、後妻とかなら……まあ、あり得るが。

 だからこの扱いは仕方ないのだ。

 
 執事のリカルドがラファエル公爵のいる執務室の扉を叩いて入室の許可を取る。

「ラファエル様、リカルドです、奥様を只今お連れ致しました、失礼しても宜しいでしょうか?」

「ああ、入りなさい」

「失礼致します」

 3年ぶりの夫との再開、だけど心は全く踊らない。

 ……これはここだけの話だが、正直に言うと夫の色彩はなんとなく覚えているがいまいち顔が思い出されない。

 さて、夫はどんな顔だったっけな? 
 
 と、開かれた扉の先を私は静かに見据えて。

 ああ、そうそうこんな顔だった。

 イケメンというやつだった。

 漆黒の髪に黄金の瞳、茶色の髪に茶色の瞳の私とは雲泥の差で。

 とても豪華な顔立ちである。

 と、少しだけ懐かしさを感じた。

「……やあ、息災だったかい? アイリス」

「ごきげんよう。ラファエル公爵様、おかげ様で元気に過ごさせて頂いております」

 そして私は可愛らしく儚げに夫に微笑む。

 貴族令嬢にとって笑顔は武器で美しいドレスは鎧、残念な事に美しいドレスは無いけれど。

 私は笑う。

「そうか、それはよかった。領地に一人で住む君の事がずっとわたしは気になっていたんだ」

 ……ん?

 私の何を、というか。

 一体どこをラファエル公爵が気にする事が、あるのでしょうか……?

 私が領地から逃げ出さないか……とか?

 お飾りの妻だと言って回らないか……とか?

 ちょっと言葉の意図がわからない。

「公爵様にわざわざお気に掛けていただきまして誠にありがとうございます。私は特に何も変わらずに、……公爵様のおかげでずっと領地のお屋敷から出ること無く、静かに過ごさせて頂いておりました」
 
「そうか、それなら。……うん、よかった」

 何故ラファエル公爵はそんなに嬉しそうなのか。

 私がずっと屋敷に居たから#よかったなのかな?

 あと私の可愛い嫌味気付いてない?

 なんか、ニコニコしてるよ? この人。

 「……はい、あの……ラファエル公爵様それで……私は」

「ああそうだ、アイリス長旅で疲れただろう? 今日の所は部屋に行ってゆっくりと休むといい」

「え? あ……はい、公爵様のお心遣い感謝いたします、では……えっと……私は……お言葉に甘えさせて頂きまして失礼致します」

「ゆっくり休みなさい、明日また話そう」

「え……? はい、かしこまりました」

 どうして私は王都に呼び出されたのか。

 どうして急に夫が気遣いを見せたのか。

 どうして突然私に優しい言葉を夫がかけたのか。

 意味が全くわからない3年ぶりの再会だった。
しおりを挟む
感想 223

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

処理中です...