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38 良いこと思い付いた
しおりを挟むブランシェにとってしてみれば魔物討伐は魔塔の通常業務であり、うず高く積み重なった書類の山より全然怖くない。
だから貴族達が何故そこまで狼狽えているのか、ちょっと理解が出来ない。
それにせめてスタンピートが起きたその場にいるというならばいざ知らず、魔塔の人間がいるどこよりも安全なこの場所で?
と、ブランシェは不思議でしょうがない。
それにスタンピートの対処自体は通常の間引きと違って多少骨は折れるだろうし時間はかかるだろうが、そんな難しい話ではない。
いつもより頑張ればいいだけ。
それにだ。
こんな所で悠長に揉める暇があるならば、さっさと魔物の討伐に向かったほうが早いのでは?
と、思う次第で。
ブランシェはアレクセイの隣で、事の次第をじっと静かに眺める。
嫌な視線をまだブランシェに向けてくる、エクトルを気にしないようにしながら。
そんな時に。
オクレール伯爵が。
「そんな……じゃあどうすれば……領地が、領民が! そ、そなたらは国民を見捨てると言うのか!? 私はただ……助けを求める民達を救って欲しいだけだというのに! 血も涙もないのか!?」
なんて迂闊にも言ってしまうから。
それならば、と。
「でしたら領地を国に返されてみては!? そうすれば国が騎士団を派遣して討伐してくれるはずですし、大切な領民さん達は救えます!」
と、ブランシェは善意で提案した。
そこに悪意は微塵もなく。
平民だったブランシェだからこそ思い付き、提案できる国民にとっての最良の解決策。
だがそれは貴族にとっては最悪の解決策で。
「く、くく……あははっ! ブランシェそれ、最高……」
それを聞いたアレクセイは、つい笑いを堪えきれず声を出して笑ってしまう。
「ですよね、アレクセイ様! 領地を管理出来ないならば、お国にお返しすればいいのです! オクレール伯爵は領民さんの事がとても大事だと伝わってきましたので、きっとこの提案を快く受け入れてくれる筈! ですよね、オクレール伯爵!?」
そしてブランシェは、オクレール伯爵を期待を込めてじっ……と見つめる。
「え……いや、あの……へ?」
オクレール伯爵は驚きのあまり言葉がでない。
だって伯爵は領民をそこまでして助けたかったわけじゃない、スタンピートの責任をアレクセイに擦り付けたかっただけ。
なのにブランシェはオクレール伯爵の言葉をそのまま受け取り、そんな提案をするから。
騒動を野次馬根性丸出しで見ていたオクレール伯爵に多かれ少なかれ恨み妬みを持つ貴族達が。
「流石はオクレール伯爵! 領民の為に、大切な領地を国に返還するなんて……」
「英断ですわ、オクレール伯爵!」
などと口々に大声で囃し立て始めた。
「え、違っ、私は……!」
その声にこのままでは不味いと焦るオクレール伯爵、否定しなければそういう事になってしまう。
だから誰か助け船をと思って周りを見渡しても使えない娘婿エクトルに、馬鹿な娘しかおらず。
助けは来ない。
「陛下、オクレール伯爵は国に領地を返還する覚悟らしいですが……どうされるおつもりで?」
と、わざとらしくアレクセイは兄王に問う。
その声はまだ少し笑っていて、国王はオクレール伯爵がほんのちょっとだけ不憫に思えた。
「返還か……」
オクレール伯爵の領地は豊かで通常時ならば喜んで返還を受け入れるだろう、だが現在スタンピートが起きている領地を返された所で国としては正直困るのである。
それにそのスタンピートをどうするかというのもあるし、荒らされた領地を復興するのは手間も金も時間もかかる。
だから国王は頭を捻った。
そこでふと目に付いたのは。
そんなとんでもない提案をしたブランシェで。
「そういえばブランシェ、そなたに侯爵の爵位は渡したが領地はまだ渡していなかったな?」
「え?」
「よし……ちょうどいい、ブランシェにはオクレール伯爵の領地をやろうではないか」
「え!?」
「ちょ、兄さん!?」
突然の提案に驚くアレクセイとブランシェ、その様子に国王はにっこりと笑い。
「なのでブランシェ、それとアレクセイ? 領地をやるからスタンピートを止めてこい」
と、良いことを思い付いたとばかりに指示したのだった。
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