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36 気持ち悪い

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「……気持ち悪い」

 ぽつり……と、一言。

 ブランシェは呟いた。

 それはとても小さな声だったけれど、夜会が開かれた大広間に響いた。

 そしてざわざわとした夜会の会場は水を打ったように静まり返り、その声の主ブランシェへと人々の視線は一斉に集中した。

「ブランシェ……?」

 ブランシェの隣にいたアレクセイはその言葉に、少しだけ驚いたように目を丸くして。

 突然どうしたのかと心配そうな視線を向けて、愛する新妻の名を呼び肩を抱いた。

「あ、すいません。つい……」

 アレクセイに案ずるように名を呼ばれたブランシェは、心配ないとにっこりと笑顔を返した。

 けれど困ったような苦笑いを浮かべ、野次馬のように好奇の視線を不躾に投げる貴族達をぐるりと見回して。

 そして先程から不快な視線を向けてくるエクトルへと、ブランシェは視線を移し眉を寄せた。 

 そんなブランシェの只ならない様子に。

 アレクセイはブランシェを腕の中に抱き寄せて。

「……男爵、我が妻になにか?」
 
 そして不躾な視線をブランシェへと向け続けるエクトルを、アレクセイは睨み付けた。

「いえいえ、なにも……」

 そんなアレクセイに対してエクトルは、薄ら笑いを浮かべて言葉を濁した。


 ピリピリとした空気が、場を埋め尽くしていて。

 幸せな二人の結婚を、門出を祝う、そこはもうそんな朗らかな雰囲気ではなくなりブランシェは瞳を伏せる。

 ――そこへ。
 
「オクレール伯爵……!」

 バタバタと慌ただしく血相を変えて、オクレール伯爵の元へその場に似つかわしくない様相の男が駆け寄ってそっと何やら耳打ちをした。

「なんだ、騒がしい! お前ここをどこだと思って……へ? え……」

 最初こそ苛立たしそうにしていたオクレール伯爵。

 けれど駆け寄ってきた男の耳打ちに、みるみる内に顔が青ざめてパクパクと口を開けたり閉じたり。

 そして視線を彷徨わせ頭を抱え、がくりと膝から崩れ落ちた。

 それは傍目からみても明らかに非常事態。

「なんだ、急に……オクレール?」

 オクレール伯爵が一目も憚らず、こんな風に醜態を晒す所を初めてみた国王は。
 
 一旦怒りを納めて、ほんのちょっとだけ心配そうにオクレール伯爵に声をかけた。

「へ、陛下ぁ……」

 顔面を蒼白にさせつつ、がくりと崩れ落ちた床からぷるぷると震え涙目でチワワのように見上げるオクレール伯爵。

 それはちょっと、いやかなり絵面が気持ち悪いなと内心思いつつも国王は何事もなかったかのように。

「……それで、なにかあったのか?」

 そう、国王が問えば。

「っ……領地で魔物のスタンピートが起きて……領地から溢れ出して、それで……」

「なっ……!?」

「あ、溢れた魔物が他の領地や……この王都に向かっていると……! 私はもうどうしたらっ……」

 と言って情けなく嗚咽を漏らし、泣き出した。

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