先生、私は間違っていますか……?

雨宮 苺香

文字の大きさ
上 下
21 / 29

第21話 今(3)

しおりを挟む
 歩夢あゆむ先生好きだと言ってしまいたいのに、音にならないのは私が私自身に自信を持てないからだ。
 それに言っても困らせてしまうだろう……。

 頭の中で歩夢先生に好きと伝えるシーンを想像しても「ごめんね」と悲しそうな笑みでこちらを見てくる先生の姿が容易たやすく想像できた。


「歩夢先生」

「なに? 麗桜うららちゃん」


 嫌な想像を頭の中からかき消したいと思った私は、歩夢先生にたわいのない話をかける。


「私、今日の午後は病院の外に出てみるんです」

「ほんと!? すごいね!
 じゃあ、手、こっちにちょうだい?」

「あ、はい」


 言われた意味が分からず、私は言われるがままに歩夢先生へと手を伸ばす。


「手、小さいね。こうやって手を繋いで麗桜ちゃんと外に行きたかったなぁ」

「っ! そ、そうですね」


 私はとりあえずで言葉を落としながら、歩夢先生から視線を離した。
 手から、歩夢先生が私に触れたところからじわじわと体が熱くなる。

 この手をいつ離せばいいのかわからない私は、歩夢先生の手が離れるまでそのまま預けていた。




 コンコン。
 きれいなドアの音にビクッとして私たちの手はあっという間に離れる。
 残る体温に私はさみしさを覚えながら、その温度を逃がさないように手を結んだ。


「歩夢研修医お邪魔します。佐々木さんのお迎えに来ました」


 ドアから香奈恵かなえさんが顔を覗かせ、私に向かって手招きしている。


「今行きます。
 歩夢先生、私……」

「ん?」

「歩夢先生が『一緒に外に行こう』って約束してくれて嬉しかったんです。だから、歩夢先生が元気になったら一緒に外に行きましょう?」


 自信がなくて少し俯きながら、でも歩夢先生の反応が気になってチラッと見ながらそう言ってみる。わがままなのはもちろん分かっていたけど、歩夢先生にプレッシャーを与えてしまうかもしれなかったけど、歩夢先生ともう一度〝今〟という瞬間が重なってほしい。そう思ったら、言葉が勝手に音になった。


「うん、もちろん!
 またいつでも来てね」


 甘く、私の気持ちを煮詰めるような歩夢先生の声色が、頭の中に入って、そのまま何度かこだました。
 私は「また来ます」と無理やり、好きという感情を出さないようにそう言って部屋を後にした。





 部屋に出て、私の体温が少しづつ下がっていくのが分かった。
 歩夢先生の前だと体が緊張して、ずっと熱を持っていたのだろう。
 ふぅ。新鮮な空気を胸に取り込むと、香奈恵さんがフフッと笑った。


「歩夢研修医と何を話していたの?」

「検査のこととか、前にした約束とか、です」

「そっか。約束、叶うといいね」


 あっさりとした香奈恵さんの言葉に、私の心臓はグッと押しつぶされる。
 歩夢先生と外を歩く日が来てほしいけれど、そんな未来は訪れないかもしれない。
 未来に歩夢先生がいない想像を私は拒否していた。

 ――幸せな未来、歩夢先生と笑い歩く未来は来るのだろうか。世界はこんなにも残酷なのに。

 そんな私が知っている暗く怖い世界は、私のことを待っていた――。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...