先生、私は間違っていますか……?

雨宮 苺香

文字の大きさ
上 下
17 / 29

第17話 夢

しおりを挟む
「歩夢にそれ、伝えに行こうよ」


 私の出来立ての夢を聞いた優姫乃ゆきのさんはそう言うが、私はまだ戸惑っていた。

 そもそも外に出られるのか。
 学校に通えるのか。
 病は治っているのか。
 お父さんお母さんは反対しないのか。

 未来への不安は、まだ完全に消えたわけじゃない。

 それに、あの嘘――〝病になった理由〟〝歩けなかった理由〟〝回復が停滞した理由〟―—を伝えることにも勇気がいる。


「まだ不確定なので、それに、この病があったらなれないかもしれないので……、大夢先生に相談してから、親にも相談して、そのあとに伝えようと思います」

「そっかそっか。ごめんね。焦らせちゃって……」

「いえ。優姫乃さんは何も悪くないですよ」

「ふふ。ありがと。
 そういえば佐々木さんの下の名前は?」


 ほがらかな笑顔に私は「麗桜うららです」と流されるように答える。


「麗桜ちゃん、か~。漢字、どうやって書くの?」

「〝うららか〟に、〝さくら〟と書きます」

「かわいい漢字ね! 春生まれ?」

「はい」

「やっぱり! でも麗桜ちゃん、初めて見た時からお人形さんみたいにかわいくて、でも話し方がこうやって落ち着いてるから大人っぽくもあって。ほんとに素敵な子だぁって思う!」


 質問に答えると、そのたびに誉め言葉が入る優姫乃さんは、歩夢先生が以前言っていたように優しい人なのだろう。
 褒められることに慣れない私は、恥ずかしくて「いえいえ」と謙遜《けんそん》を入れるのだけれど、これさえも「謙虚けんきょなのね」と褒め返されるのだ。


「あ、もう行かなくちゃ。麗桜ちゃん、スマホとかある?」

「あ、いえ。多分、家に置いてきてしまっていて、今は持ってないです」

「そっか~。わかった! じゃあ分かんないこととか、何か聞きたくなったら大夢に言って! また来るから!」


 明るく笑った優姫乃さんに私が「はい」と答えると、「またね」と手を振ってくれた。不慣れながら私も手を振り返す。
また優姫乃さんに会いたい、そう思いながら――。



 私は1人になった病室で、自分を思い返した。
 今のままでいいのか。今すぐにしなければいけないことは何か。
 私は、私は……。
 考えて、考えて、考えたのに! 私は過呼吸にならなかった。

 私はうつ枯れ病が治った。

 頭にそう文字が浮かんだ。
 だって生きることが怖くない。ましてや、なりたいものがある。

 うつ枯れ病は生きることへの負の感情から無気力になることが症状だって大夢先生が言ってた。
 それが夢によって、私の中から完全に消えのだろう。

 夢ってすごい……!
 私は驚きながらも、感動していた。もう苦しまなくて済むって。

 だから、私の気持ちは強くなった。
 病気という足枷あしかせが外れた夢は、心から染みわたるように全身に溶けた。

 歩夢先生がしてくれたように、患者さんに寄り添いたい。
 辛い思いをしている人を減らしたい。

 言わなくちゃ。看護師になりたいって。
 勉強しなくちゃ。看護師になるために必要な知識を。
 そのためには香奈恵かなえさんに聞かないと……!

 ――そんな私の意思は、ナースコールの音として部屋の中に広がった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

処理中です...