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解かれた封印

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『世界なんぞに奪われてたまるか。血反吐を吐きたらぬとばかりに噛み締めた誰かの言葉が、脳裏にこびりついて離れない』

 そこまで書き出したルーズリーフを前に、アイルは小さく溜息を零した。これ以上先が見つからない……と。小さい頃からこびり付いて取れない言葉を綴ってみようと思ったのだ。吐き出してしまえば、少しは楽になれるかもしれない、との思いで。
 でも実際には真逆で、言葉が次々と湧いてきて、書こうとするも消えていく。おかげでちっとも楽にならないどころか、苦痛が増えるばかりだ。あと少しで見つかりそうな言葉を探して、浮かんでは消えていく残像を捉えようとして目が回る。ぐっと眉間をもみほぐしているアイル。
 放課後のアイル以外いない教室、だから、気づくのが遅れた。窓際の一番うしろの席でシャープペンを手に顰めたアイルの列、その一番前の窓が静かに開いたことに。それがカーテンを膨らませるまで気づかなかった。

『ショク……ノ……イチゾク……セ。ヤク……ショクザイ……』
「ちっ」

 大きくなったカーテンが低く、低すぎて聞き取れないほどの声で呟きながら。カーテンの一部を伸ばしてくる。とっさに手に持っていたシャープペンを突き刺すが、手応えがない。そのことにもう一度舌打ちをしてしてから、アイルは自分の席の近くの窓を開け、飛び降りたのだった。

「あれ? さっきまで御縁くんいたの見えたんだけど」
「えー、うっそ、誰もいないじゃん」
「気の所為だったのかな?」

 そうだよー、窓開いてるけどここ二階だよ? 降りれるわけないじゃん。背中を叩いてくる友達に、それもそうだねと返し。女生徒は、教室に忘れてしまった宿題のプリントを自分の机から取り出すと、窓を施錠して教室を出たのだった。


 
 虚報が錯綜し、口承のみで伝播した憶説、異聞。それすなわち、都市伝説のことだ。
 しかし種火のないところに煙は立たず、種や根がない土にいくら水を遣ろうとも、草花は生えてこないように。どれだけ小さくても希薄であっても、そこにはなにがしかの「要因」存在しているのだ。
 曖昧で根拠もなく、完全な不確定要素という矛盾をはらみながらも。なぜ、口伝にて感染するかのごとく人々に浸透していくのか。
 それは。
「実在しているから」である。少なくとも、彼・御縁アイルにとっては。
 窓から飛び降り木々に助けられながら地面へと降り立ったアイルは、学校の裏山にある忘れ去られたと思わしき年季の入った木造りの祠の影に身を潜ませたのだった。
 正確に言えば、祠の周りを囲うロープに気づかず、躓き転んだところが偶々祠の裏側で、転んで身体を打った痛みに悶えている間に先程の声が「イナイ……」と消えたのだが。

「僥倖か……」

 身体を強かに打ちはしたが、怪異……人の思念より生まれたもの、からは逃げられた。
 立ち上がりながら制服についた砂をはたき落としているときに、ふと気づいた。
 自分は何に躓いた? ロープだ、紙垂のついた。紙垂のついたロープとは、何に使われるものだ? 主に、封印に使われるもの、場を区切るものだと記憶している。
 それを弾き出した頭が年季の入った祠を見る。年季が入ったといえば聞こえは良いが、ほとんど朽ちかけているが正しいその祠の中。
 夕方だというのに妙に暗い祠の外れかけた扉の奥で、何かがうごめいた。
 背筋が泡立つ感覚に動くことも出ず、アイルはただその身を硬直させるしか出来ない。普段であれば、都市伝説から生まれた存在である虚構に遅れなど取らないのだが、何故かこの時だけは。畏れでも恐怖でもなく、理由のつかない感情が身体を支配していた。

「時は来たれり……」
「……っ」

 低くはない、むしろ高い方なのに耳に馴染む声。先程の怪異とは違う、明瞭な発音に。せめて息を殺して、見つからないようにと思っていたのだが。
 祠の扉が吹っ飛んだと当時に、弾丸のように飛び出てきた「なにか」が顔面に張り付いた。
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