名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

文字の大きさ
上 下
38 / 39

助手の消えた日

しおりを挟む
「『警察上層部の孫であったために事実を隠蔽!?』もう題名がすべてを物語っちゃってるんですよね」
「そうね、内容がわかりやすいわ」
「ところで先生」
「なにかしら?」
「先生、ずっと怪盗さんのこと信じてましたねえ」
「だって」

 あなたの美学に反するでしょう?

 その言葉が落ちた一瞬、全ての音が消えたような錯覚に陥った。
 チャロアはなんでもないようにゆっくり新聞を畳み、椅子に堂々と座るオニキスに跪いた。
 いつのまにか、光の粒子がチャロアの身体から漏れてつま先が薄っすらと透けていた。
 お別れの時間なのだと、言われなくても分かった。だからこそ、縋りそうな自分を律するために唇を強く噛んだ。チャロアにはチャロアの、オニキスはオニキスの世界があるのだ。
 そんなオニキスを、慈愛の目で見つめながらチャロアは口を開いた。

「先生、楽しかったですか?」
「……え」
「この半年と少し、楽しかったですか?」

 柔らかな声で紡がれる、その言葉が意味するものを、オニキスは知っている。知っていた。

『同じ毎日の繰り返しって……楽しいですか?』

 初めて会った時に、チャロアがオニキスに問いかけた質問。あの時、あの時自分が返した答え。
 ぼたぼたと涙がこぼれて止まない。
 そうか、怪盗はオニキスのために居たのだ。オニキスに「楽しい」を伝えるため。自分をと称したオニキスの存在価値を証明するために、ただただオニキスのためだけに怪盗は存在した。

「……かった」
「はい」
「楽しかったわ!」

 チャロアにとって、どんな宝石よりも価値がある涙が滂沱と流れている。それを拭いもせずに、チャロアの名探偵は、普段大声なんて出さない彼女は。
 叫ぶように「楽しかった」と言って泣いていた。それだけで、チャロアがここにいる、いた、きた意味はあったのだ。

「先生、ボクはあなたのためなら、何にだってなれた。怪盗も、助手も、普通の女の子にも」
「助手っ!」
「だから、ありがとうございます。ボクも楽しかった!」

 だからせめて、精一杯の笑顔でお別れをしよう。
 太陽みたいににっこりと笑いながら、その目尻から一粒の涙を流して。
 この世から、オニキスの唯一の助手は居なくなったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

連載打ち切りになりそうなので私達ヒロインは消える事になりました

椎菜葉月
キャラ文芸
筆者が見た夢の話を小説にした短編恋愛?話。 自分の暮らす世界は少年向け雑誌に連載されている漫画であり 自分はその作品の主人公ではなく脇役かつ影の薄いキャラで 漫画の連載を続ける為に存在を消されることになっている── そんな運命のモブキャラ主人公が頑張る話です。 サクッと短く完結する話です。 ※続きがあるような表現がありますが、あくまで物語のフレーバーであり細かい事は無視して読んで下さい。 ※好評なら続きや作中作の本編(少年誌漫画本編)も書くかもしれません。 ※メモ帳に書いた文章をベタ貼りしたものですので改行などあまりせず読みにくい可能性が高いです。ご了承ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

SP警護と強気な華【完】

氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は  20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』 祖父の遺した遺書が波乱を呼び 美しい媛は欲に塗れた大人達から 大金を賭けて命を狙われる――― 彼女を護るは たった1人のボディガード 金持ち強気な美人媛 冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki- ××× 性悪専属護衛SP 柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi- 過去と現在 複雑に絡み合う人間関係 金か仕事か それとも愛か――― ***注意事項*** 警察SPが民間人の護衛をする事は 基本的にはあり得ません。 ですがストーリー上、必要とする為 別物として捉えて頂ければ幸いです。 様々な意見はあるとは思いますが 今後の展開で明らかになりますので お付き合いの程、宜しくお願い致します。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...