名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

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証言 一日目

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 僥倖だったのは、ドッグベル事件の少女の叔母が偶々、件のマンションに住んでいたことと。晴紫蘭の年の離れた従兄弟がマンションのコンシェルジュをしていたことだった。世間は思うより、遥かに狭い。

 チャロアが二人に電話をかけ、アポイントメントを取ることで二人……コンシェルジュの方は家族対応だったが、共に都合をつけてもらった。
 まずは少女の叔母である中島・静子の方へと行くために、さみしい匂いの乾いた風が吹く中をものともせずに。マンションへと繰り出した。
 マンションは事件のことがあるため、やはりと言っていいくらいに大勢の人だかりができていた。だが、元々中島・静子に話を通してあったため、割合あっさりとエレベーターに乗ることが出来た。
 エレベーターに乗ると事件のあった七階のボタンを押す。中島静子が住んでいる階も、同様の七階なのだ。
 軽い浮遊感のあと、小さいベルの音がしてエレベーターが止まり、ドアが空いた。目的の階についたらしい。
 エレベータから出て一番近いところが中島・静子の部屋で、問題の事件が起こった部屋はその三つ隣の角部屋だった。ちらりと横目で見てみれば、閉められた扉にはテープが張り巡らされており、ドアの下からはブルーの敷物の端が見えた。辺に紅葉した木の葉が散らばっている。
 本当はその扉に駆け寄って、少しでも怪盗が犯人ではない証拠を探したかったオニキス。だが、いまは話を聞きに来ているという名目のため、ここにいることができるのを思い出してぐっと耐えた。

 インターホンを鳴らすと、すぐに中島静子が出てくれた。朗らかなお姉さんといった印象だが、いまは少しやつれている。犯人がどこに潜んでいるかわからない状況で暮らしているのだ、当然だろう。それがわかって、オニキスは心が痛みはしたが覚悟を決める。
 部屋の中に通してもらい、チャロアと一緒にソファーに身を置くとハーブティーを出してくれた。
 ありがたく一口含んで口内を潤わせたあと、オニキスは口を開いた。

「事件のことを聞きに来たの」

 そういうと、中島・静子の表情が一瞬こわばった。もう何度も聞かれ尽くしているのだろう、嫌そうというよりかは面倒といった色合いが強い。
 時間にすれば三十秒だろう、見つめ合った結果。腹の底から全ての息を吐き出すようにため息を付いた。

「警察に言った通りのことしか言えないわぁ」
「それを聞きに来たんです」
「警察の人に聞けばいいんじゃあ?」
「警察は無関係の人に罪をなすりつけてすませようとしているわ。それが許せないの」
「……そういうことならぁ」

 困惑した表情のまま、中島・静子は自分が現場に行ったときのことを、のんびりした口調で話し始めた。

「夕方の……何時かはわからないのだけどぉ。もう夕焼けが眩しい時間でぇ、エレベーターから降りたらあの部屋の前に、コンシェルジュさんとぉ警察の制服を来た人がいてぇ。余り不躾に見るのもぉって思って気にしないように鍵を開けてたらぁ、男の人の叫び声がしたのよねぇ。それでどうしたのかしらぁってあの部屋に近づいて中を覗き込んだら、女の人が倒れててぇ。それ以上は警察の人に追い出されちゃったんだけどぉ」

 頬に手を当てて、ところどころ思い返すように目をつぶり、言葉を探すように眉間のシワをほぐしながら。中島・静子が伝えてくれた内容をチャロアはメモに取り、オニキスは考え込むように目を伏せて聞いていた。
 これで全部よぉ。と妙に間延びした声に促されてオニキスが顔を上げると、インターホンが鳴った。

「あらぁ、あの子ったらいつも時間より早くくるんだからぁ」

 来客らしいと早々に悟ったチャロアとオニキスは退散しようとしたのだが、なんと鉢合わせした少女はドッグベル事件の跡取りの女の子の妹らしかった。素朴な姉とは正反対に、おしゃれというおしゃれを身に纏ったような妹は、それでも仲が良いらしく。
 それはもう感謝の言葉を伝えてくれて、彼女が持参したアップルパイまでご馳走になり、ドッグベル事件について詳しく話すことになってしまった。
 そのため、その日は十六時頃に解放され。夕焼けが赤く燃える中を探偵所に戻ってきたのだった。
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