名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

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とってきた神

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「千種・清刻せいこくじゃろう?」

 千種が口にした名前に、オーウェン、ウェルナイア、チャロアの三人が勢いよく千種を見る。
 それとは反対に、緩慢な動きで目を眇め、オニキスはやっぱりと呟いた。

「知っていたのね?」
「窃盗……『神』を盗み出し手を加えたことまでは知っておったが……、過失致死とはのぅ。ご先祖様も愚かなことをしたものじゃな」

 ふと、千種は目を閉じる。
 瞼を閉じればいつだって思い出されるのは父が自慢げに話す姿だ。
『あのメリィオルテールを曾祖父さんはとってきたんだぞ!』と。胸を張り、豪快に笑う姿。採ってきたのではなく盗ってきたのだとわかる頃には、オルゴールに姿を変えてしまった我竜点の宝物に、拳を握り取り返しがつかないことを悟った。
 目を開き、いつの間にかうなだれていた顔を上げ。眉間に皺を寄せて千種を見るオニキスを見返す。

「探偵のお嬢ちゃん、わしも彫金師じゃ。オルゴールにされた彫刻に、真実を知った時にはもう、遅かった」
「なら、なんで依頼なんて」
「……知って欲しかった。ご先祖様の犯したことを。千種が誇った罪を。孫娘を見たら、そう思わずに居られんかった」
「あの子は……」
「孫娘は大丈夫じゃ、子どもたちは全員外に出した、わしの代で幕を引くためにのぅ。千種はわしで終わりじゃ」

 やっと、やっとじゃ。
 ずっと長く、背負っていたものが終わる。下ろせる。やっと肩から荷が下ろせたとばかりに長く長く。腹の底からすべての息を追い出すように吐いた千種。もう、そこには一族の罪に振り回され切って数年分は老け込んだ、ただの老人しかいなかった。
 ひどく哀愁漂う雰囲気なのに、顔は晴れ晴れとしていて。千種がどれだけこの瞬間を待ちわびたのかを物語っているようだった。ただ、千種という彫金師の一族に生まれただけなのに、生まれた瞬間から背負わされた罪からの解放は、きっと千種の生に安堵をもたらした。

「百八十年前なら時効は」
「成り立っているな。だがこのままにしておくわけには」
「とりあえず署に来てもらおうよ。良いですか? 千種さん」
「あぁ、もちろんじゃ」

 ゆっくりと立ち上がって千種はオーウェンとウェルナイアの方に行こうとして、足を一旦止めた。ふいにオニキスとチャロアを振り返って目を細めた。初めて会ったときと変わらない、慈愛に満ちた目で見られて座りが悪い。

「ありがとう。探偵のお嬢ちゃん、助手のお嬢ちゃん」
「わたくしは……」
「ボクはなにも!」
「もういいだろう、いくぞ」
「お若いの、老人は労ってくだされ」

 空気を読まずに急かしたオーウェンに文句を言いつつ、千種は連れられていった。
 何もしていない、礼を言われるようなことなんて、何一つ。なのに、礼を言って千種は去っていった。きっと、一族の罪から解放したことへの礼なのだと頭ではわかる。それでも、心のほうが納得してくれない。
 お礼を言われることがこんなに痛いことだなんて、チャロアもオニキスも知らなかった。
 結局、もやもやした心を抱えたままメイドに声をかけられるまで、二人はただそこに佇むしか無かった。
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