名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

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その叫びは

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「ここですね! うわあ、本当に岬に建ってますね。先生、危ないですから近寄らないようにしてくださいね!」
「背おられている状態でどうやって近づくのよ……」
「降ります?」
「このままでいいわ。……狙われているのはあれかしら?」
「あ、たぶんそうですね。囲ってありますし」

 オニキスを軽々背負いながらチャロアは、地面に刺さっている野晒なためか全体的に錆びかけている金属で出来た杭に視線をやる。
 杭と言っても、錆びかけてもわかるほど緻密な彫刻のなされた十字架を三本真ん中に挟んで、三本三本に分かれたよくわからない構成の杭だったが。その大きさはどれもチャロアほどの背丈がある。
 しかも周りにはウェルナイアが言ったように十分に調べ尽くしたのだろう。怪盗相手に何の意味があるかわからないが、縄で囲ってある。

「なんか……こう。もうちょっと感動的な感じを期待してたんですけど」
「しょせん、この土地にとって歴史的価値や伝承的価値があるというだけよ。……待って、もう少し近づきなさい」
「えー、中には入れませんからね?」
「わかってるわ」

 そう言われて、囲いの外ぎりぎりまで近寄ったチャロア。杭と十字架を一本一本確かめるように順番に見ていった後、また最初の一本目の杭に視線を戻して。オニキスは眩しい空を仰ぐ。まるで、何かを伺うように。
 次にやりきれないため息を付いて、チャロアに道を戻るように言った。

「なにかわかったんですか?」
「……あれは、確かに『叫び』だったということがわかったわ」
「え!? どういう?」
「どうせ……怪盗さんが持っていくんでしょう。なら、意味がないわ」

 チャロアの小刻みに動く背中によりかかりながら下っていく、丘の帰りに。どうでも良さそうに呟いたオニキス。どうせなくなるものを説明しても意味がない、そう云うオニキスに。チャロアは笑って答えた。

「叫びなら、誰かに伝えなくちゃだめですよ。それがどんなものでも、その先に誰も居なくても。必死に手を伸ばしているんですから」

 背中の熱が、甘えるみたいにすり寄ってきて。チャロアは口元に笑みを履いたまま、静かに視線を落とした。


「何かわかったか、話せ」
「ちょっと誰ですか? お疲れのうら若き乙女に詰め寄るこのおじさん」
「誰がおじさんだ!!」
「静かにしてくれません? 先生、眠ってるんですよ? これだからマナーも守れないおじさんは」
「!! ……っ! ぐっぬうううう!!」

 丘を降りて五分ほど歩いたところで、見覚えのある車が駐車場に止まっている、青い屋根に真っ白な白い壁。濃い紫色の花が咲き乱れる館に到着した。チョコレート型の扉を数度ノックしたところ、扉を開けて出迎えてくれた執事にオーウェンたちの居るエントランスのソファーへと案内された。
 チャロアが丁寧にお礼を言いつつ執事の背中を見送り終わった瞬間。オニキスが疲れて眠っているのにも関わらず、詰め寄ってきたオーウェンにチャロアは雑に対応する。
「おじさん」との言葉に青筋を浮かべ、怒鳴ったが怯むどころか面倒くさそうに「マナーも守れない」と言ったチャロアに、苛立ちが浮かぶものの。オーウェンは忘れかけていたが、ここは館のエントランス。他にも居る人々に囁きが伝播していくのを感じて、オーウェンは黙り込むしかない。

「オーウェン!」
「ウェルナイア! 遅いぞ」
「すまない、今夜の警備の配置なんだけど……っと。二人とももう戻ってきていたんだね。部屋は用意してあるよ、荷物は運び込んでおいたから。はい、鍵」
「わー、ありがとうございます。早く先生をベッドで寝かせてあげたかったんで」

 小走りに何やら数枚の紙を持って現れたウェルナイアから鍵を受け取ったチャロアは純粋に喜んだが、言葉を返せばもっと早く鍵を渡して欲しかった、となるわけで。
 自分の言葉の裏に気づいていないチャロアに苦笑して、ルームサービスは好きに頼んでいいからね。と付け足して、ウェルナイアは未だ何か言いたそうなオーウェンを引きずって行った。
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