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探偵、土と対話する
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少女の来訪から更に一週間程して。オニキスはちびっ子名探偵として雨竜髭島 で名を馳せていた。いや、訂正。伝わっていったのだ人から人へ、噂から噂へ。人々が集まれば何かと口に上る話題として。それは、オニキスのことをよく思わない者の耳にも当然入るというのに。
外は若干雲がかかりながらも十分晴れていた。インナーを着て動くと少し汗ばむ程度には、穏やかな暖かさだ。
「さて先生。今日は撫子の種を撒くんですけど、準備は……よろしくないですね?」
「これじゃいけないというの?」
「流石に白い服で種まきはちょっと」
「なぜ? あなたを見張っているだけなのに」
「見張る必要性、あります?」
白いワンピースに、うすい桃色の膨らみのあるスカートと薄手のポンチョを着て。頭の上でふんわり結んだ一つのお団子をふよんと揺らしながら首を傾げ、平然と宣うオニキスに、ついチャロアは突っ込んだ。
軍手と撫子の種、スコップを一旦置き。隣にはちゃんとオニキス向けにピンクのゾウのジョウロまで用意したというのに。
「先生もやるんですよ? 着替えましょう」
「え……!? わたくしは見張り……えっと、そう! 監督を」
「見張りも監督もいりませんからねー」
文句を言いながらも手を繋いで歩きだすと、むくれながらも着いてくるオニキスに。とうとうあれの出番か……!と内心にまにま笑いながら、チャロアは探偵事務所の二階、居住区域へとたどり着き、オニキスの服を作る部屋へと招き入れたのだった。
「いや、いやよ! 可愛くないわ!」
「そんなことないです! このオーバーオールの何処が可愛くないと!?」
「全部!」
「全部!?」
ちゃんと小花の刺繍や飾りベルトなどもジーンズ感を活かしつつ可愛いオーバーオールにしたのに!? 目を剥くチャロアに、それまで嫌がっていたオニキスが居心地悪そうに視線をそらした。
そう、オニキスの服を作っているのはチャロアだ。
オニキスの居る家は、元は仕立て屋だったらしく、布にメジャーにその他服作りに必要なものが一揃していた。顧客情報は残っていなかったが、逆を言えばそれ以外はほとんどのものが置き残されていた。今回のジーンズは流石に最近買ったものだが、服を仕立てるという意味では最高の環境だ。
「先生の判定厳しすぎますよー、先生が着たら絶対可愛いのに……」
「……ちょ、ちょっとだけなら、着てあげなくもないわ」
「え!?」
「種まきの間だけよ!」
「はい!」
そっぽを向いたオニキスの唇が、目の端で喜びに浮足立つチャロアを見て緩んだことは。オニキス自身も知らない。
チャロアと、オーバーオールに着替えたオニキスは再び花壇の前に立っていた。ちなみにこの花壇の名前は冬の花壇である。畑を中心に四季の花壇を作ったのだ。チャロアが。何故秋の花である撫子を冬の花壇に植えるかというと、この雨竜髭島の気候によって冬に入りかけの頃に咲く、と植える時期を書いた紙にあったからである。
そこはもうふかふかとした土出来上がっていて、後は種を蒔くだけ。オニキスが着替えている間に、チャロアが耕しておいたためだ。
ただのオーバーオールというには可愛らしい服を纏ったオニキスは、膝を折り屈んで。いっそ恐ろしいまでの集中力で土を見ている。偶にミミズがひょこっと覗くと厳しい顔のオニキスにミミズのほうが逃げていくのが面白い。
ではなくて。
「先生……?」
「何? 今、土と対話をしているのよ、良い花を咲かせないと許さないからって言い聞か「その、土と対話ってそういう意味ではないというか……比喩ですよ」
「!?」
ただでさえ大きな青い瞳を零れそうなほどに見開いているオニキスに、苦笑したまま。
チャロアは空気を含んで柔らかくなった土を撫でた。そのまま、指で穴を開け種を二、三粒放り込んで土を被せる。さらりとこなされた一連の流れを見て。
「土と……対話……嘘だったというの? 本に書いてあったのに? ……このわたくしをだまそうなんて、いい度胸ね!?」
「ふっふ……んふふふ。先生」
「何よ!」
本気で土と対話していたオニキスが、追い打ちをかける気!? とチャロアを勢いよく振り向き、睨む。
そんなオニキスに思わず笑みへと崩れてしまう顔を向けて。軍手をはめた両手を広げた。
温かな日差し、鼻先をくすぐる土の香り、満天の青空。こんな日々がずっと続けばいいと祈る中で。
「先生が言い聞かせてくれたから、いまは何も無いこの花壇にも冬にはいっぱいの撫子の花が咲きますよ!」
あまりにも気の抜けた笑顔、全身でたくさんと示す子どものようなチャロアに。オニキスは数度瞬きをすると、鼻から息を吸い込み口角を上げ。
「当然よ!」
チャロアへと抱きつくために、飛びかかった。
外は若干雲がかかりながらも十分晴れていた。インナーを着て動くと少し汗ばむ程度には、穏やかな暖かさだ。
「さて先生。今日は撫子の種を撒くんですけど、準備は……よろしくないですね?」
「これじゃいけないというの?」
「流石に白い服で種まきはちょっと」
「なぜ? あなたを見張っているだけなのに」
「見張る必要性、あります?」
白いワンピースに、うすい桃色の膨らみのあるスカートと薄手のポンチョを着て。頭の上でふんわり結んだ一つのお団子をふよんと揺らしながら首を傾げ、平然と宣うオニキスに、ついチャロアは突っ込んだ。
軍手と撫子の種、スコップを一旦置き。隣にはちゃんとオニキス向けにピンクのゾウのジョウロまで用意したというのに。
「先生もやるんですよ? 着替えましょう」
「え……!? わたくしは見張り……えっと、そう! 監督を」
「見張りも監督もいりませんからねー」
文句を言いながらも手を繋いで歩きだすと、むくれながらも着いてくるオニキスに。とうとうあれの出番か……!と内心にまにま笑いながら、チャロアは探偵事務所の二階、居住区域へとたどり着き、オニキスの服を作る部屋へと招き入れたのだった。
「いや、いやよ! 可愛くないわ!」
「そんなことないです! このオーバーオールの何処が可愛くないと!?」
「全部!」
「全部!?」
ちゃんと小花の刺繍や飾りベルトなどもジーンズ感を活かしつつ可愛いオーバーオールにしたのに!? 目を剥くチャロアに、それまで嫌がっていたオニキスが居心地悪そうに視線をそらした。
そう、オニキスの服を作っているのはチャロアだ。
オニキスの居る家は、元は仕立て屋だったらしく、布にメジャーにその他服作りに必要なものが一揃していた。顧客情報は残っていなかったが、逆を言えばそれ以外はほとんどのものが置き残されていた。今回のジーンズは流石に最近買ったものだが、服を仕立てるという意味では最高の環境だ。
「先生の判定厳しすぎますよー、先生が着たら絶対可愛いのに……」
「……ちょ、ちょっとだけなら、着てあげなくもないわ」
「え!?」
「種まきの間だけよ!」
「はい!」
そっぽを向いたオニキスの唇が、目の端で喜びに浮足立つチャロアを見て緩んだことは。オニキス自身も知らない。
チャロアと、オーバーオールに着替えたオニキスは再び花壇の前に立っていた。ちなみにこの花壇の名前は冬の花壇である。畑を中心に四季の花壇を作ったのだ。チャロアが。何故秋の花である撫子を冬の花壇に植えるかというと、この雨竜髭島の気候によって冬に入りかけの頃に咲く、と植える時期を書いた紙にあったからである。
そこはもうふかふかとした土出来上がっていて、後は種を蒔くだけ。オニキスが着替えている間に、チャロアが耕しておいたためだ。
ただのオーバーオールというには可愛らしい服を纏ったオニキスは、膝を折り屈んで。いっそ恐ろしいまでの集中力で土を見ている。偶にミミズがひょこっと覗くと厳しい顔のオニキスにミミズのほうが逃げていくのが面白い。
ではなくて。
「先生……?」
「何? 今、土と対話をしているのよ、良い花を咲かせないと許さないからって言い聞か「その、土と対話ってそういう意味ではないというか……比喩ですよ」
「!?」
ただでさえ大きな青い瞳を零れそうなほどに見開いているオニキスに、苦笑したまま。
チャロアは空気を含んで柔らかくなった土を撫でた。そのまま、指で穴を開け種を二、三粒放り込んで土を被せる。さらりとこなされた一連の流れを見て。
「土と……対話……嘘だったというの? 本に書いてあったのに? ……このわたくしをだまそうなんて、いい度胸ね!?」
「ふっふ……んふふふ。先生」
「何よ!」
本気で土と対話していたオニキスが、追い打ちをかける気!? とチャロアを勢いよく振り向き、睨む。
そんなオニキスに思わず笑みへと崩れてしまう顔を向けて。軍手をはめた両手を広げた。
温かな日差し、鼻先をくすぐる土の香り、満天の青空。こんな日々がずっと続けばいいと祈る中で。
「先生が言い聞かせてくれたから、いまは何も無いこの花壇にも冬にはいっぱいの撫子の花が咲きますよ!」
あまりにも気の抜けた笑顔、全身でたくさんと示す子どものようなチャロアに。オニキスは数度瞬きをすると、鼻から息を吸い込み口角を上げ。
「当然よ!」
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