名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

文字の大きさ
上 下
10 / 39

探偵と助手

しおりを挟む
 いつの間にやら三週間が経っていた。その間に、あのうさぎの陶器人形はいつかの強風で飛ばされてきたものだということがわかった。
 そうしていま、穏やかな日差しの中。

「見て下さい、先生! ボクの文字アートもなかなかのものじゃないですか!?」
「そうね、なかなか化け物じみているわ」
「えーっ!?」
「うるさいわね」

 チャロアが膝をついて屈み、一生懸命にカフェ看板とも呼ばれるスタンド看板に、悩み迷走し描かれた文字は飾りに飾りすぎて怪物みたいになっていた。正直じゃなくても、何が書いてあるのか全くわからない。
 しゃがみ込んで首を傾げているチャロアはセンスが死んでいるのだ、オニキスはため息を付きながら思った。
 オニキスは呆れて半目になりながら、チャロアからチョークを奪って。脇においてあった黒板消しで、現在描いてあるものを全部消す。後ろから悲鳴なんて聞こえない。絶対、聞こえないったら聞こえないのだ。
 少しかがんで、何の躊躇いもなく「躑躅森探偵事務所」と堂々たる威厳を持って書いた。
 ささやかな拍手の音が後ろから聞こえてきて振り返ると、チャロアが目を輝かせていた。

「先生、その歳で「躑躅つつじ」って書けるなんてすごいですね! ボク、書けませんでした」
「……っ、別に。なんとなく書けただけよ」

 間違っているかもしれないわ、ちゃんと確認しておくのも仕事よ、助手!
 放り投げるような言葉とは裏腹に、そそくさと事務所の扉へと向かう先生こと銀髪から覗く、オニキスの耳は赤かった。
 完全に照れ隠しだなぁ、あまりに微笑ましい光景にチャロアの頬が思わず緩んだ。

 この三週間、オニキスと色々話した。その中で、なぜオニキスがこんな孤島に一人暮らしという名の軟禁生活を強いられているのかがわかった。
 オニキス曰く「ただ情報というピースを人物という枠組みに合うようにパズルを組み立てるのが早いだけよ」という言葉。つまり、推理が得意でそれを周りの人間に当てはめ続けた結果。叔父? に気味が悪いと嫌われて家どころか本島から追い出されたらしい。
 時代がオニキスに追いついてなかった、凡庸な物差しでしか物事を測れない人間しか周りにいなかったことこそが、一番の原因なんだろうとチャロアは思っている。そこで一段落、思考を置いておき。
 早速、仕事と言われた看板のチェックをする。
 どこも間違いなどない、美しい所作の字だ。
 だが、懸念が一つ。

「読めますかねぇ?」

 躑躅はあまりに入り組んだ文字から、大概の場合ひらがなで表される。大体の人間は突然目にしたこの漢字を見て、「つつじだ!」とくることはないだろう。チャロアだって、自分の苗字に入っていなければ読めないと思う。
 初見で訪ねてきて漢字が読めなかったら不安だろうな、ただでさえ不安な状態で来るんですし。
 うーん……。立ち上がって背伸びをしながら、チャロアは一つ頷いて。
 看板に小さく読みがなを振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...