名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

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人形は

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「隠れ家喫茶みたいなやつなんでしょうか……」

 店の名前も見当たらなければ、こんな人通りの少ないところで人形と外観以外に喫茶店らしさもない。お客を呼ぶ気が皆無に感じる。
 子どもが作ったようなドアノブに微笑を浮かべ、思わずこぼれた言葉はからんからんと派手に音を立てるドアベルにかき消された。
 煌々と灯った電球が眩しくて、一歩踏み出しつつ目をつぶる。お陰で店内の様子は見えなかったが、本独特の紙とインク、僅かなほこりのにおい。閉じかけた扉に、最後に一際大きく大きく鳴って、ベルは静かになった。
 ゆっくり目を光に慣らしつつ開けると、チャロアの正面から少し行ったところ。明かりの下に、大きなシャツをワンピース代わりに着た、人形にしてはずいぶんと五歳~七歳くらいの大きな子どもの人形が椅子に座っていた。
 無機質な青い目が、床にとぐろを巻く髪の毛の隙間から覗いている。

「可愛い……」

 綺麗だけど、可愛い。
 いっそ神秘的なまでに美しい。しかし、シャツワンピースによって幼さが強調されて可愛いという表現も似合う。
 ただ不思議なことに。着飾ればどれだけと言わんばかりの素材の良い人形なのに、着ているのはシャツ一枚。何より髪が。照明の灯りに照り輝く銀髪は床にむかって落ちている。
 閉ざした目の上に影の落ちる銀色のまつげも、白い肌も、薄紅の唇も。存在としては完璧なのに、髪や服が整えられていないという外的要因だけが残念だ。
 だって、シャツから出た細すぎるくらいのふくらはぎから先に靴どころか靴下も履いていない。それが人形の美を損ねるとは思わないが、不釣り合いにもほどがある。

「……ん?」

 おかしい。
 チャロアは瞬間的にそう思った。
 何をおかしいと思ったかは自分でもわからない。なんなら人形の格好も、置いてある位置も、変なところはいくらでもある。でもそうじゃない。
 無意識にまた一歩踏み出したチャロアは、巨大な本棚と使い込まれたソファーに置かれた毛布、本が積み上げられたローテーブル、キッチンとここが到底喫茶店ではないことに気づかなかった。
 首を傾げたことにより、斜めになった視界。
 人形の無機質な青い瞳が、不意に差し込んだ光の反射に――。
 動かせば音がしそうなほどに長いまつげを、上下に揺らした。まぶたとともに。
 人は、それを瞬きという。

「ひ、人だー!?」

 人形ではなかった。
 瞬きを自動でするのは人形ではない。だからといって、ロボットのような機械的な動きでもない。結論・この子は人だ! チャロアの頭の中に駆け巡った。あわてて周囲を見渡せば、どう見ても喫茶店ではない内装。民家に侵入してしまった、と顔が青くなる。
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