名探偵の心臓は、そうして透明になったのだ。

小雨路 あんづ

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閑静な朝の迷推理

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「とりあえず喫茶店にでも……っとと」

 声がする方へと歩き、それなりに人のいる通りへと辿り着いたチャロア。それなりと言ってもご近所さんらしき人たちがそれぞれ集まって話をしている程度だが。
 そんな通りに出た時に、ふらっと一歩進もうとした時。
 紙幣を握りしめた少年が目を輝かせ走って来たのを後ろへ下がって避けた。
 紙幣を握りしめていたし身なりも悪くないから、スリの類ではないと思うが一仕事した後なのか。こんな朝早くに紙幣を使う何かがあるのか、と不思議に思ったものの。特に興味はないので置いておく。

 人が多いところって嫌いなんですよね。一人、心の中でこぼして出そうになるため息を噛み殺した。人の目も、強い口調も、すぐに変わる機嫌も。なんなら人がそこにいるだけで出る熱気さえ嫌いだ。人から逃げたくなって、偶々目に入った角を曲がる。
 少し通りを逸れただけで、途端に人がいなくなる。そこは先程の通りよりも少し寒い気がした。が、無機質なコンクリートの道路を見ながら、無意識に気が張り詰めていたのか、腹の底から吐き出した息は強張っていた。
 春の早朝の痛くはないが冷たさが心地よい。
 寒いはずだったのに、いつの間にか上がった体温、人がいないだけで安堵する。つくづく集団生活……人と接するのに向いてないと自嘲。
 流石に立ちっぱなしなのもどうかと思ったため、自嘲に歪んだ頬を冷たい手のひらでもみ込んでいると。
 家と倉庫らしき建造物の隙間に二メートルほどの隙間が空いていた。不自然に空いたそこは、正面から見て左に透明感のある白が綻びかけた蕾をつける四メートル程度の大木、その奥に。
 赤い屋根にところどころ飾りレンガのつけられた、まだ新しい白い壁、高い位置にある小さな小窓。おもちゃのように可愛らしい建物があった。
 二メートルの隙間はこの建物への入り口だったのだ。
 しかも小窓から中の様子は見えないが、明かりが近くにあるのか、明らかに人工の光が外に放たれていた。
 一見すると喫茶店に見えなくもない。
 たが、もしも民家だったらどうしようか、とチャロアは頬に手を当てたまま考える。
 インターホンはない、ドアにノッカーならついている。インターホンがないなら店だろうか? しかしその割に営業や開店を知らせるものが……。ふと、入り口の大木に目を向ける。に気づいて、チャロアは木の根元にかがみ込んだ。
 先程まで、木の大きさや華やかな香りを放つ花ばかりに視線がいっていたけれど。
 根本の近くだけ、整えるためだろう枝葉が刈られたそこに。ころりと転がっている看板を持った、小さな兎の陶器人形。
 躊躇わずに手を伸ばし、チャロアの片手より少し大きい程度のそれを拾い上げて。チャロアの唇はにんまり弧を描いた。
『Welcome』と描かれた人形の看板は、間違いなく歓迎を示すもので。チャロアの頬をほのかな風が撫でていくのも気にせずに。

「喫茶店とみた!」

 閑静な朝の光の中、チャロアは兎の人形を片手のひらに乗せながら、木の奥にある可愛らしい外観を指さした。
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